龍と虎 PARTⅢ | コーキのテキトーク

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今年は、原田芳雄やジョー山中が亡くなり、



そして、映画監督の森田芳光氏が亡くなった。



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■ 映画監督 森田芳光(享年61)



1981年 「のようなもの」 長編映画初監督


1983年 「家族ゲーム」


1984年 「ときめきに死す」


1985年 「それから」



僕が高校生のとき、「のようなもの」で森田監督の存在を知った。



その映画を見たときから、この人は、ちょっと普通の監督とは違うと、高校生ながらに感じていた。



その後、松田優作を起用した「家族ゲーム」は、国内外で高い評価を得た。



「ときめきに死す」は、沢田研二が主役を務めた一本で、カメラワークへのこだわりが最高によかった。



当時高校生だった僕にとって、森田監督は、もっとも影響を受けた監督のひとりである。



彼は、脚本も自ら手掛けるほど映画への思い入れが深かった。



松田優作と初仕事となった「家族ゲーム」



実はこの出会いは、優作自身にとっても大きな転機を迎えることになる。



この二人のエピソードは大変興味深い。


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■ 「家族ゲーム」



森田監督と優作は、同い年である。



当時、優作に対する周りの接し方でいえば、優作のご機嫌を伺うような感じだったと思う。



しかし、森田氏は気軽に、「優作はどう思う?」なんて言い方をしていたらしい。



優作相手に、タメ口で接するなんて考えられなかったときである。



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優作は、いままでにいないタイプの監督と出会い、その魅力に引き込まれていく。




また、優作自身もアクションスターからの脱皮を願っているタイミングでの出会いだった。




「家族ゲーム」では、優作のアクションスターではない、隠れた才能を見事に開花させている。



斬新な映像表現、優作の新たな役作り、すべてがマッチして大ヒットとなった。




そして1985年には、二人でタッグを組んだ「それから」が公開される。




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■ 「それから」

            

原作 夏目漱石

監督 森田芳光

出演 松田優作  藤谷美和子



その後、優作は、「ア・ホーマンス」という映画で、小池監督が辞任したことから、自ら監督を、



兼任することになった。

撮影現場で、優作はよくこんなことを言っていたらしい。




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■ 「ア・ホーマンス」



「あいつが、このシャシン(映画)を観たら、どう思うだろうな?」




ラストシーンを撮影するとき、優作はいつまでたっても車から出てこなかった。




心配した助監督が車に行くと、優作は、「本当にこれでいいのか?自信ねぇよ」と小刻みに体を震わせていた。




優作ほどの大スターでも、初めての監督だったのでその緊張は、並大抵のものではなかったのだろう。




その後、映画は完成し、森田監督を呼んで試写会が開かれた。




「どうだった?」と優作。




「稔るほど、頭を垂れる稲穂かな、天狗になっちゃダメだよ!優作、面白かった」と森田監督は言った。




監督の感想を聞いた優作は、恥らいながらも嬉しそうだったらしい。




優作が現場で、呟いていた言葉、「あいつが、このシャシンを観たらどう思うだろう?」という




あいつとは、森田芳光監督のことだった。




森田芳光という真摯な映画監督を前にして、優作は、無垢に緊張していたのだろうか?




優作にとって、森田監督の存在は、それほど大きなものだった!




映画という得体のしれないものに心血を注いだ、二匹の「龍と虎」




もし天国というものがあり、二人が再開したならば、どんな会話がなされているのだろうか?




日本映画に偉大なる功績を遺した映画人たちが亡くなり、寂しくなる一方だ。




謹んで故人のご冥福をお祈りいたします。