ここ数年のことだが、たまに見るとても印象的な夢がある。
夢の中で気がつくと、何故か東京にいる。
居場所は、たいがい下北沢である。
そしていつも共通しているのが、慌てて仕事を見つけている自分がいる。
友人のつてを頼りに電話をするが、誰も一様に仕事はないという。
しかもみんなどこか他人行儀で冷たい。
これからどうしよう、どうしようと不安に駆られている中で、必ず目が覚める。
九州に帰ってきてから、この手の夢は数え切れないほど見ている。
まだ東京に未練があるのだろうか?
未練が無い訳は無い、しかし、帰郷した頃に比べれば、もう未練はない。
なのにこんな夢を見てしまうのは、何故だろうか?
東京を逃げるように去っていったことが、いまでもトラウマのようになっているみたいだ。
だからこそ、「東京エスケープ」を完成させなければならない。
完成させたときこそ、こんな夢を見なくなるのかもしれない。
映画「羊たちの沈黙」の中で、レクター教授がスターリング捜査官に言う。
「この事件を解決できたならば、小羊たちの夢にうなされることもなくなるだろう」と・・・
確かこんなことを言っていたと思う。
物語のもっとも大切なシーンである。
子供の頃、養父が嫌で家出を試みるが、行くあても無くある小屋に入ると、子羊たちが飼育されていた。
子羊たちは、食用として堵殺されることを知ったスターリングは、逃がそうとするが逃げない。
子羊たちは、静かに黙ったままだった。
結局自分も養父に捕まるが、そのことが大人になってもトラウマになっている。
自分の夢の話に戻るが、自分にとっては結構こたえる夢である。
おそらくこれは、早く「東京エスケープ」を完成させろというシグナルだと思う。
完成した暁には、この夢から解き放たれるだろう。
夢というのは面白いものだ。