幻の番組 | コーキのテキトーク

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本日1月17日は、阪神淡路大震災という大地震が起きた日。




あれから早いもので16年。



月日が経つのは、あっという間だ。



1995年1月17日、まもなく30歳になろうとしていた。



この日僕は、朝から番組の最終仕上げであるMAという



作業を行っていた。



するとADが現れ、「今日の朝、神戸で地震があったみたいですよ」とボソリ。



テレビを点けると、目を疑った。



空撮の映像だと思うが、一面焼け野原になった神戸の市街地の映像だった。



実は震災が起きた日から1週間前、僕は神戸の三宮あたりでロケを行っていた。



泊まったホテルは、生田神社の近くだった。



1週間前、ウロウロしていたところのほとんどが倒壊していた。



仕事の内容は、当時テレビに出始めたばかりのお笑いコンビ・キャイ~ンと一緒に、



神戸から東京まで、ヒッチハイクしながら、物々交換するといった過酷なテレビ番組のロケ。



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■ キャイ~ン




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■ ルビー・モレノ



当時、借金まみれのルビー・モレノを、番組で救おうというのがテーマで、



ルビー・モレノのヘアー写真集からはじまり、高価なものへ交換していく。



いま思うと、これほどくだらない番組はない。



ヒッチハイクだから、車を呼びとめ、乗せてもらう。



このロケでは、神戸の異人館や中華街、さらには、三ノ宮のキャバクラへ行った。



とにかく笑いの連続で、楽しいロケだった。



神戸から大阪へヒッチハイクしようとすると、芦屋あたりで、一台の車が止まってくれた。



大阪まで乗せてくださいと言うと、親切に乗せてくれた。



キャイ~ンがお金が無いというと、1万円札を差し出そうとした。



慌てて断ったが・・・



聞くと、芦屋のセレブで、とにかく親切な奥様だった。



大阪でも物々交換を敢行し、なんとか東京へ辿りついた。



それから膨大な映像素材を編集し、音楽とナレーションを加え、完パケ(完全パッケージ)の



作業まで、あと一歩のところだった。



震災が起きた日、プロデューサーに、今回の番組、神戸を舞台に、



バラエティー的な要素が多く含まれていると言うことで、オクラ入りするかもしれない



と言われた。



「えっまさか!!これだけ苦労した自信作なのに・・・」




番組納品は終えたが、放送日が先延ばしにされた。



そのうち放送されるだろうと思っていたが、結局放送されることはなかった。



TBS深夜の1時間30分の番組、とにかくバラエティーに富んだ面白い作品に



仕上がったが、大変残念である。



番組を作り上げオクラ入りになったのは、後にも先にもこれっきりである。



まあ、運がなかったんだろうね・・・



いや運は、あったと思う。



もし1週間、ロケが遅く行われていたら、自分の命はあっただろうか?



自分が泊まったホテルも倒壊していたし、かなりやばかったかもしれない。



それから一度だけ神戸の三ノ宮に行ったことがあるが、まだアーケードの屋根は、



吹き飛んだままだった。



地震の脅威を感じた瞬間だった。



忘れられないあの日・・・



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