東京での二十年間を綴った
「東京エスケープ」を久々にアップ!
人は、様々な出会いや事柄を記憶の中に残していく。
ただそれだけでは不十分なので、写真やビデオで、その時に起きたことを
記録として残していく。
今の時代、写真やビデオを残していくのは当たり前の行為である。
しかし、自分には、20歳から39歳までの19年間の写真が、ほとんどない。
そんなことを改めて思ったのは、ワイキキのビーチでボーっとしているときだった。
20年前初めて訪れたワイキキで、初サーフィンをやった!
その時、海中で写真を撮っている親父がいて、なんだろうと思っていたら、
近づいてきて、手にしていた写真を自分に見せた。
その写真には、見事にサーフボードに乗っている自分の勇姿が激写されていて
とってもいい写真だった。
親父は、一枚10ドルだといい、快く金を払った。
白黒写真で、波乗りしている楽しげな姿を捉えた写真は、かなりいい写真だった。
ワイキキのビーチで、サーフィンをしている若者を見ていると、そんなことを
思い出した。
その後、写真はどうなったか?
残念なことに、いまその写真は無い・・・
何処へ行ったのか??
同時多発テロが発生した2001年、僕は、二度目の結婚を果たした。
この結婚が悪夢の始まりと以前書いたが、実は、このときの妻に、
写真をすべて捨てられた![]()
その時、36歳くらいだから、およそ16年間の写真すべてを捨てられてしまった。
その時は、深く考えなかったが、いまになると、非常に残念な気持ちになる。
上京を果たした20歳のときから、自分の青春時代が、ギュッと凝縮された写真である。
仲間たちとの写真は、もちろんのこと、仕事や様々な海外へ行った写真など、自分にとって
大変貴重な写真である。
おそらく1000枚以上は、あったと思う。
過去の特定の女性と写った写真なら捨てられても仕方ないが、
まったく関係の無い写真まで捨てられた。
最近、無性に若い頃の写真を見たくなるときがある。
人は過去の思い出に、すがって生きていくものなんだろう・・・
このことがあってから、わずか数年後、僕は二度目の離婚を果たし、九州へ帰ることを
余儀なくされる。
不思議なもので、東京の思い出すべてを東京に捨てて、九州に帰ってきたような気がする。
というか、そんな人生を予感させていたのだろうか?
「東京のことは、夢のまた夢」って感じ!
お陰で、一度も過去を振り返ることなく突っ走ってこれた!
一長一短あるが、自分にとっては良かったのかもしれない。
「失うときは、とことん失った方がいいよ」と言ってくれた友人の言葉は、
正しかったかもしれない。
自分のようなケースはあるだろうが、過去を振り返ることができる写真は、
大変大事なものである。
だから、写真は何よりも大切にしている。
もう二度と、過去を失わないように・・・

