1985年上京 | コーキのテキトーク

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僕は、1985年から2005年までの20年間を東京で過ごした。


年齢だと、20歳から40歳という人生の中で、もっとも多感なときを


東京という巨大な街で過ごした。



その20年間の軌跡を、


「東京エスケープ」


              という題名で綴っていこうと思う。



東京に憧れ、東京で骨を埋めるはずだった男が、やむにやめない理由で


東京を飛び出す(エスケープ)ことになり、運命に導かれるように福岡に移り住むことになった!



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二十歳になった1985年、大分県北の何も無い田舎町から、


何でもある大都会東京へ!


寝台列車に乗って東京へ!時代を感じる。


昨年、「寝台特急・ふじ」は、廃線になったが、当時は片道7000円くらい


だったと思う。


いま思えば、若さって凄いと思う。


怖いものなんか無く、未知なる土地へ意気揚々と・・・


この年、晴れて念願のひとり暮らしを果たす!


忘れもしない、阪神タイガースが日本一に輝いた年である。


ひとり暮らしのスタートに選んだ場所は、横浜市港北区綱島というところで、


東京と横浜を結ぶ東横線沿線の駅・綱島駅の近くのアパート。


横浜駅東口に、スカイビルという雑居ビルの中に、横浜放送映画専門学院という


学校があり、映画監督に憧れ通い始める。


現在は、日本映画学校という名前に改名されている。


学長は、日本映画の鬼才といわれた今村昌平監督である。


僕は高校生の時見た、今村監督の「復讐するは我にあり」という


映画が大好きで、この監督の元で映画を学びたいと思っていた。


高校生にしては、かなりのマセガキである。



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1979年製作「復讐するは我にあり」

出演 緒形券・三國連太郎・小川真由美ほか


物語は、連続殺人鬼・榎津巌の半生を描いた作品である。


昭和38年に実際に九州で起きた事件で、別府や行橋、浜松などが舞台。


緒形券の演技が真に迫っていて凄い迫力である。


こんな緒形券は、他の映画では見られない。


いまでもたまにDVDを見るが


何度見ても飽きない名作である!


とにかく1985年は、憧れの上京と今村監督に出会えた記念すべき年であった!