きんぴらごぼう -7ページ目

きんぴらごぼう

とにかくね、生きているのだからインチキをやっているのに違いないのさ

 今度、星野源さんのライブに行くんです。
 今までずっとチケットが取れなくて、きっと会えないんだろうなぁと思っていた人なので、とても楽しみです。




 いってらっしゃいが
 今日も言えなかったな
 帰ってこなかったら どうしよう
 おはようが 今日も言えなかったな
 おかえりなさいは いつもの二倍よ


 これは、星野源さんの2枚目のアルバム、エピソードに入っている、「布団」という曲の歌詞です。

 中学生くらいのとき、いつも朝はやく仕事に出掛けるお父さんに、寝すごして「いってらっしゃい」が言えなかった日、よくわからないけど、どうしようもなく不安になったことがありました。お父さんはいつものように元気で、朝ごはんもたくさん食べて出ていったらしいのに、だれもいない居間に降りてきたパジャマ姿のわたしは、なんだかよくわからない、不安のようなそうでないようなものに、襲われるのでありました。
 何年後かに星野源さんの「布団」という曲に出逢ったわたしは、あぁ、あのときのあの気持ちは、こんなことだったのかもしれないなぁ。と思いました。
 この曲以外にも、星野源さんが歌にしなければ、ほかの誰もうたにしないような気持ちや場面が、星野源さんの曲の中にはいっぱいあります。そういうところが好きです。

 ライブにはひとりで行きます。でもさみしくはありません。「いってらっしゃい」と、ひとこと言ってもらえればそれでいいです。わたしは「いってらっしゃい」という言葉がほんとうに好きです。できればどこへも行かなくても、目が合うたびに「いってらっしゃい」と言ってほしいです。こんなこと言ってみたけど、ほんとうに目が合うたび言われると困ります。他に話すべきことがたくさんあるし、第一、照れちゃう。
 「いってらっしゃい」のいいところは、「いってらっしゃい」というと、それを聞いた誰かが「いってきます」と返してくれるところです。あれ、「いってきます」が先で、そのあとに「いってらっしゃい」かな。そんなことどうでもいいな。あんなことやそんなこともどうでもよくなるくらい、いい言葉です。こんなにも前向きで、すこし眩しいくらいなのに、どこかに哀愁を漂わせる言葉は、きっと他にありません。でもやっぱり「ただいま」と「おかえり」も好きで、わたしは「おかえり」と言われるために「いってきます」と言って出かけるのかもしれません。でももしかしたら「ただいま」と言われたいから「いってらっしゃい」と言って見送るのかもしれないし、そんなことはほんとうにどうでもいいな、と思いました。そんなことは、小学校のとき学校から帰ればいつも料理をしながら「おかえり」と言ってくれたお母さんに比べれば、ほんとうにどうでもよいことでした。ごめんなさい。

 よし、きょうはわたしの理想がぜんぶ詰まった「くだらないの中に」をおやすみソングにしよう。

 それじゃあ、おやすみ。