ざぼん的人生の歩きかた -27ページ目

ざぼん的人生の歩きかた

    午前に『生きていくために、身に付けていた方が良い、 
    考え方や、スキルについて』
   午後に『 自分自身を高めるための・こころ 』 
   の内容にしたいと思っています。
一部不定期に、読者の依頼により内容を変更する場合もございます。

前回は「 叱る名言のこころ 」でした。

いつもおいで下さいまして、

ありがとうございます。

こんにちは 門前の小僧 ざぼんです。

今日は 「 私に関する法話 」から。

現実に腹が立った時は、

相手のことばかり責める。

嬉しい時には、自分のことしか考えない。

大きな視野をもつこともなく、

小さい枠のなかで、

キュウ、キュウとして生きている私。「ふ~」

思うようにいかなければ、

それを他の人やモノのせいにして、

幸せな人を見ては、それを羨(うらや)んだり、

妬(ねた)んだり、

それでも自分は賢いと思っている。

人間は、自分中心の思を基準に

善悪を判断し、自分を正当化する。

そして、人の思いを邪推しては、

争いや対立の溝を深くする。

それでも、そんな自分のあり方に気づくことなしに、

同じ愚かなことを繰り返すのである。

自分の都合のいい人は愛し、都合の悪い人は憎む。

また、妬(ねた)む心が邪魔して

人の幸せを心から喜べない。

決して過去を切り捨て、未来を無視するのではない。

自分のおかれた状況からさかのぼり、

過去を含むものとしての今を把握しながら、

今あるべき生き方を努力する。

それか良き未来に通じる道でもある。

「自分だけは…」と自分の利益のみに

執着して生きるところから、

いろいろな苦悩が生じるのだ。

自分の考えのみに執着して、

それを正当化していくと対立が生じる。

それはやがて争いへと発展し、

たくさんの苦しみが起こってくる。

互いが相手の身になって考え、

互いに理解し合い、生かし合っていくとき、

対立を超え、

争いの苦しみから離れていく道が見えてくる。

自分の わがままは あたりまえと思い

 他人の わがままは 許せないと思う 

自分の都合だけで 物事を考えると

 不平不満が 絶えない 

自分の力で生きているのではない

はかり知れない背後の力周囲の力に支えられて

今日の自分がある 

自分が 今 生きているのは

 先祖が自分の中に 生きているからだ 

賢くなることを 教える世の中に

 自分の愚かさを 気づかせる教えこそ 人間の道である 

いかがでしたか。

自分はどんな人間だと感じましたか。

これを機に少しだけ考えてみませんか。

推敲2回で完成。

最後まで読んでいただきまして、

ありがとうございます。
感想などいただけますと 小僧が喜びます。
(和尚 敬白)
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前回は「 言葉の重み 」でした。

いつもおいで下さいまして、

ありがとうございます。

こんにちは 門前の小僧 ざぼんです。

今日は 「 叱る名言のこころ 」を。

現在、「部下を叱っていいのだろうか」

と悩んでしまっている上司も少なくありません。

自分が成長するためであれば、

ひとつの手段として叱られることも

喜んで受け入れようという姿勢が、

最近の若手にはあります。

だから、そんなことで悩む必要はないのです。

どうせ悩むなら、「叱るか叱らないか」ではなく

「どう叱るか」で悩むべきです。

叱られるのはたいてい、

できの悪い部下になりがちです。

しかし、叱り上手の上司は

最も優秀な部下を叱ります。

なぜなら、一番できの悪い部下を叱ると、

本人の気持ちが投げやりになるだけでなく、

チーム全体の士気も下がってしまうからです。

逆に一番優秀な同僚が叱られていると、

「あの人ですら叱られている」と

周りの気持ちが引き締まるものです。

実際、ヤクルトスワローズが優勝したときに、

野村監督に一番叱られていたのは

古田捕手だったといいます。

練習中、生徒たちが何かミスをしたときには、

「今、なぜミスをした?」と聞くようにしています。

これに生徒が答えたら、

次は「じゃあ、どうすればいい?」と。

つまりミスの原因も、その解決方法も、

すべて自分で考えさせます。

そうすることで「気づく能力・考える力・判断力」

などが養われていくのです。

部下の叱り方のコツとして、

私は管理職セミナーなどで

「かりてきたネコ」の原則を紹介している。

か……感情的にならない。

り……理由を話す。

て……手短に。

き……キャラクター(性格や人格)に触れない。

た……他人と比較しない。

ネ……根に持たない。

コ……個別に叱る。

相手のことを考えて「叱る」つもりが、

話しているうちに感情的になり、

いつの間にか「怒る」になってしまう人も多い。

つい感情的になって

相手の人格を否定するような言葉が口から出てきて、

部下はショックを受けてしまう。

そうならないためにも、

事前に頭を整理しておく方法は有効です。

相手に逃げ道をつくっておくことも

忘れないようにしましょう。

スタッフのミスも頭ごなしに叱ることはしないで、

そのスタッフの言い分も

しっかり聞くようにしました。

部下からの信頼を得て、それをもとに彼、

彼女らの仕事の質を上げていくためには

必要なことだと思います。

ミスを叱るときは、

いったい何のために叱責するのかを考えましょう。

それは相手を変えるためです。

本人がその過ちをなぜ犯したかに気づき、

これはやってはいけないと思い、

自発的に変えたい、変わりたいという

気持ちにさせていく。

そのためには、主語を「自分」ではなく

「相手」にしていくことが大事です。

叱るときは

「お前の判断が遅いから納期が遅れたんだぞ!」などと、

疑いようもなく「正しいこと」を述べ立てる。

それは上司にとって気持ちのいいことです。

「俺っていいことを言うなあ」と自己陶酔に陥り、

その気持ちは瞬時に伝わります。

すると相手の心は閉じてしまい、叱る効果はなくなるのです。

私が叱るときに実践してきたのは、

「ルールを決めること」です。

具体的にいえば、やってはいけないことを

明確に決めて共有し、そのルールに反したときのみ叱る。

そうすれば冷静に叱ることができますし、

叱られる側も、「ルールに反したから仕方がない」

と納得して聞くことができます。

お互いに無駄な葛藤がない分、

思いもより伝わりやすくなります。

いかがでしたか。

あなたの叱り方は効果のある叱り方でしたか。

推敲2回で完成。

最後まで読んでいただきまして、

ありがとうございます。
感想などいただけますと 小僧が喜びます。
(和尚 敬白)
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前回は「 一人前の親になるには 」でした。

いつもおいで下さいまして、

ありがとうございます。

こんにちは 門前の小僧 ざぼんです。

今日は 「 言葉の重み 」を。

普段、我々が使っている言葉は、

意志の伝達を第一の目的とします。

それ以上の言葉の意味を

考える事は無いと思います。

(こころの時代より 転載)

「苦しい」という言葉は、

その苦しみまでが相手に伝わるのでしょうか。

「痛い」という言葉は、

その痛みまでが相手に伝わるのでしょうか。

そして「好き」だという言葉は、

その切なさまでが相手に伝わるのでしょうか。

言葉での理解と感情の重みが伝わって、

初めて会話が成立したと言えるのです。

貴方は信頼している友人に

人生の悩みを打ち明けたとします。

友人は親身になり心から

同情をして心配をしてくれました。

しかし本当に貴方の悩みは

友人に理解されているのでしょうか。

貴方の悩みと同じ体験を持たない友人ならば、

貴方の言葉だけの苦しみに同情をして

相槌を打つだけです。

決して悩みの本質には触れる事がありません。

残念ですが感情の重みまでは、

伝える事ができないのです。

ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉に、

「この世に悩みなんて無い、

 悩みを持つ人間が居るだけだ」

と云うのがあります。

まさにその通りかと思います。

だからこそ信頼のおける人間には、

悩みを共有して欲しいと云う

願望が生まれるのです。

会話を通じて人に悩みを伝えるだけで

悩みが半減するからです。

大きく痛みを伴う病気の場合も同じです。

「苦しい・痛い」という言葉の意味は

理解出来るのですが、

相手の本当の苦しみ・痛みまでは

感じる事は出来ません。

それこそ自分も同じ状況にならない限り、

本当の苦しみ・痛みまでは

理解する事は出来ないのです。

感情の重みを知る事は

相手の感覚を想像する事です。

相手の感情を知る気持ちが

理解を深める上でとても重要です。

いたずらに同情的な言葉を多用すると

最終的には後悔をします。

口先だけの同情と無責任な優しさは、

逆に信頼関係を失くしてしまうからです。

一方的に投げ掛けた言葉で

相手に全ての意志が伝わったと

思わないでください。

相手の言葉の意味と感情の重みを

理解しなければ軽い人間になってしまうのです。

言葉の重みを知らない人間は、

深い人間関係を築く事が難しいのです。

その結果、自分の気持ちは

誰にも理解してもらえないのだと

被害妄想になります。

同僚や友人達との付き合いにも臆病に成り、

いかなる話題の核心にも触れず、

当たり障りの無い話だけに

反応するだけになります。

全ての言葉に反応する必要はありません。

相手の言葉の中に

感情の重さを感じた時にだけ、

自分の言葉を選び慎重に話をするのです。

自分の言葉に責任を持ち、

相手の言葉の重みを受け止める事が

大人としての良識です。

軽い人間にならない為にも

言葉の重みを感じましょう。


推敲2回で完成。

最後まで読んでいただきまして、

ありがとうございます。
感想などいただけますと 小僧が喜びます。
(和尚 敬白)
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