ざぼん的人生の歩きかた -26ページ目

ざぼん的人生の歩きかた

    午前に『生きていくために、身に付けていた方が良い、 
    考え方や、スキルについて』
   午後に『 自分自身を高めるための・こころ 』 
   の内容にしたいと思っています。
一部不定期に、読者の依頼により内容を変更する場合もございます。

前回は「 ご縁によって生かされる 」でした。

いつもおいで下さいまして ありがとうございます。

こんにちは 門前の小僧 ざぼんです。

今日は「自分の人生を生きるためには」から。

☆ 誰でも必ずいつか死ぬ。

 だから後悔しないために、

「死ぬ前に語られる後悔」トップ5を知っておく。

Q もし今日が人生最後の日だったら、
 あなたは後悔を口にしますか。
 それはどのようなものですか。
<出典>
ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5

1位「自分自身に忠実に生きれば良かった」

2位「あんなに一生懸命働かなくても良かった」

3位「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」

4位「友人関係を続けていれば良かった」

5位「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」

☆ 今、自分にとって何が必要な行動で

 何が不必要な行動か改めて精査してみる。
 
人生は複雑ではありません。

人生を複雑にしているのは私たちです。
<出典>
あなたの人生をシンプルにする20の方法

1.自分を叱るのを止めて、自分を受け入れる

2.完全性の考え方を意識してみる

3.モノをたくさん買って見栄を張ることを止める

4.否定的な人と過ごす時間をなくす

5.周りの人を変えようとすることを止める

6.先延ばしを止める

7.不満を言うのを止める

8.八方美人を止める

9.守れない約束をしない

10.他人を非難することを止める

11.計画をしないで物事を始めない

12.なんでもかんでも「忙しい」で括らない

13.すぐにたくさんのことに手をつけない

14.役に立たない情報を制限する

15.過去と将来のことで悩むのを止める

16.完全を求めることを止める

17.間違いを恐れることを止める

18.感情的な理由で物事を決めない

19.不健康な生活から脱出する

20.知っているフリを止める

いかがでしたか。

一度しかない自分の人生ですから、

愉しく思い通りに生きるには、

シンプルに無理なく生きることが

必要ですよね。

推敲1回で完成。

最後まで読んでいただきまして ありがとうございます。
感想などいただけますと 小僧が喜びます。
(和尚 敬白)
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前回は「 心のコップ 」でした。

いつもおいで下さいまして ありがとうございます。

こんにちは 門前の小僧 ざぼんです。

今日は久しぶりに仏門から

人は一人では生きられない」 から。

自分は自分だけの世界で

物事を考えていないだろうか?

というのも自分は自分、

他人は他人と割り切ってしまい、

他人のことを思いやれる余裕すら

感じられないという人が

増えてきているように思う。

 あたかも自分は勝手に生きていると
 
 いわんばかりである。
 
 人は皆自分で生きているのではなく
 
 生かされて生きていくものなのだ。
 
 生かされるということの中には
 
 臨終寸前の人が病院内で
 
 医療によって延命措置をとられ
 
 強制的に生かされるということも
 
 その中に入ってしまうかもしれない。
 
 それがもし、これが自分だったら
 
 いやでいやで早く死なせて欲しい。
 
 と思うだろうがそのときにならないと分からない。
 
 しかし、自分の周りの人からすると
 
 少しでも多くの時間を生きていて欲しい。
 
 それがいくら臨終寸前であっても
 
 そのように思ってしまうものであろう。
 
 事実私の父が約10年前に往生したとき、
 
 私は、病院はいったい何をしてくれたんや、
 
 ちゃんとした医療に従事してくれたんか!
 
 と思ってしまったこともあって、
 
 適切な処置を施してくれれば
 
 もう少し長く生きられたのでは
 
 なかったのではないかと感じてしまった。
 
 生かされて生きていくということは
 
 様々な人から色々なご縁を頂くことによって
 
 生かされるものではなかろうか。
 
 今の日本では便利な世の中で各お店に行くと
 
 色々な商品が並んでいて自分が欲しいときに
 
 お金さえ出せばすぐに自分の手に入ってしまう。
 
 食料品が買いたいときは
 
 スーパーマーケットに、
 
 色々なものを買いたいときには
 
 デパートメントストアに、
 
 ちょっとしたものであれば
 
 近所のコンビニエンスストアに行けば
 
 何でも自分の欲しいものが手に入るという
 
 そういう便利な生活になれ親しんでいると
 
 なかなか畑で農作物を作る人、
 
 工場などで物を作る人、
 
 それらの物を運ぶ人又、売る人、
 
 その人々のご縁があって自分が
 
 生かせてもらっているということに
 
 気付くことは難しいと思う。
 
 それが都会になればなるほど
 
 その傾向が強いと思う。
 
 ようするに人と人との
 
 コミュニケーションが減少してきているのでは
 
 なかろうか?
 
 シリーズ「心に響く言葉」⑦の中に
 
 「きれいな花をほめる人はあっても
 
 花を生かしている土中の根を思う人は少ない」
 
 と書かれていた。
 
 人の外見ばかりを見て
 
 人の内面を気にする人は確かに少ないと思う。
 
 人は見かけによらないもの。
 
 人は外見で悪いように思えても
 
 内面で良く思える人も多いのではなかろうか。
 
 土の中の植物の根をというのは見えないもの。
 
 すなわち無明である。
 
 阿弥陀様はこの無明のところも
 
 智慧で見ること出来るとされる
 
 素晴らしいお方なのである。
 
 花が咲くためには種が必要で(因)
 
 それなりの栄養分・日光等(縁)が
 
 必要になってくる。これが因縁。
 
 その結果花が咲く。
 
 それをすべての法則が成り立ったものが縁起。
 
 その縁起という言葉の使い方で
 
 「念珠の紐が切れたら縁起悪い」という人がいた。
 
 それは使用していればいつかは切れるもの。
 
 形あるものはいつかなくなるものであるという
 
 “無常”を意味するものであって
 
 縁起の意味と関係はない。

人は支え合って生きていくもの。

様々な人との出会いも大切なことである。

その出会いがあることによって友を持ち、

恋人を持ち、家族を持つことが出来るのである。

人は生涯何人の人と出会うことになるのであろうか?

何千人?いや、何万人?

人それぞれではあるが数多くの人と

生涯で会うことは確かなこと。

親鸞聖人は顕浄土真実証文類の総序の終わりに

「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」

というお言葉を述べておられる。

思いがけず仏法に出遭ったならば

遠く過去の因縁を慶ぶことが

一番大切なことであろう。

この尊いお法に遇わせて頂いたことにありがとう。

 人間は自分独りでは
 
 生きて行くことは出来ず、
 
 また、独りで死ぬことも出来ない。
 
 それは死んだ人の屍を
 
 放置するわけにはいかず
 
 誰かの手によって葬ってもらわなければならない。
 
 阿弥陀様をはじめ親鸞聖人のお蔭により
 
 様々な人から尊いご縁を頂くことによって
 
 自分は生かされていると思わなければならない。
 
 自分勝手というのが一番良くない。
 
 他人を思いやることが大切だと私は思う。

推敲1回で完成。

最後まで読んでいただきまして ありがとうございます。
感想などいただけますと 小僧が喜びます。
(和尚 敬白)
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前回は「 あなたのサポーターはあなたの傍に! 」でした。

いつもおいで下さいまして ありがとうございます。

こんにちは 門前の小僧 ざぼんです。

今日は月初め 心が少しだけ軽くなる 話を 少し。


空になったコップなら、

また 水を注げばいい。

人は生きている限り 水を注ぎ続ける。

時にはこぼれる。

水を想いと置き換えれば簡単だ。


あなたの中に たくさんの想いがあり、

その想いが溢れて 笑ったり 泣いたり。

時には どうしようもなく悔しい思いや、

自分の力の無さを実感させられる。

だけど あなたの心のコップは壊れません!

それならば また、優しい想いで満たせばイイ。

推敲2回で完成。

最後まで読んでいただきまして ありがとうございます。
感想などいただけますと 小僧が喜びます。
(和尚 敬白)

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