ざぼん的人生の歩きかた -17ページ目

ざぼん的人生の歩きかた

    午前に『生きていくために、身に付けていた方が良い、 
    考え方や、スキルについて』
   午後に『 自分自身を高めるための・こころ 』 
   の内容にしたいと思っています。
一部不定期に、読者の依頼により内容を変更する場合もございます。

前回は「 人生はギフト 」でした。

いつもおいで下さいまして ありがとうございます。

こんにちは 門前の小僧 ざぼんです。


とは 言っても 肉体的には 無理だろう

じゃあ 空を 飛ぶことは 可能?

先人達が 思い描いた 空を 飛ぶ 飛行機 なら 可能!

じゃあ 鳥のように 大空から 地上を 眺める ことは

可能か? 可能!

ハングライダーや 熱気球 を 使えば 可能!

じゃあ いつでも 好きな時に 地上を 眺めることは 可能か?

 一部の人には可能!

人は 地上で 暮している。 肉体は 特別なことを 除けば

地上でしか 生きられない。 

じゃあ精神は? 考え方は? モノの見方は?

そう考えると 普段の生活の中で 地上の ものの見方しか

やってこなかった自分がいる。

抱えている 問題を 解決するには?

最初に行わなければいけないのが 現状分析!

現状分式を 行う技法は ネットの中に 沢山説明がある。

でも、 普段やってないのに その通りにできる訳がない。

そこで、 一つの提案 『俯瞰してみる

そうです 鳥になって 自分を 大空から 観察してみる。

別名 鳥の眼 『自分を ななめ 上から 観察する

☆ 問題解決に 行き詰ったら 一旦距離を置いて離れてみる。


登場人物は 誰と誰、 周りの環境はどうなっているのか などなど。

そうして、 全体を見渡してみる。

高速道路で、一般道で 混んでいる時、 

どこが ネックになっているんだろう? と 鳥になって

眺めに行ってみたいと 思ったことがないだろうか?

まさに それです。

地上の目線ではなく 自分の背後霊が 自分を見ているが如く

鳥になって 自分自身を 斜め上から 眺めてみて下さい。

すると ボトルネック(問題点) が どこにあるかが 判ります。

これなら いつでも どこでも 鳥になれる。


推敲1回で完成。

最後まで読んでいただきまして ありがとうございます。
感想などいただけますと 小僧が喜びます。
(和尚 敬白)

ペタしてね
今日から ブログを再開いたします。

長い間おまたせして申し訳ありませんでした。

過去の内容に加筆修正しながらお届けしたいと思います。


いつもおいで下さいまして ありがとうございます。

こんばんは 門前の小僧 ざぼんです。

今夜は 『 ギフトという考え方 』 のお話を 少し。
            
アメリカ最前線のブログを参考に。


この言葉は 80歳になったクリント・イーストウッドが

監督した作品“Hereafter“(2010年)、

この映画の日本公開に先立っての、 日本向けにインタビューを

行ったクリント・イーストウッド本人との、
 
取材記事の中にありました。
 

イーストウッドは、生と死、そして自身の人生観についての

質問の答えとして。


 『 人生とはギフトであり、

  自分のベストを尽くすことが最も重要だと思ってきた 』

というものでした。
  さらに続けて

 『 だから 『 死 』 というものに夢中になったことは

    一度もない。
死は、単なる旅の一部だと思っている。 』 とも。
 
なるほど、『 人生とはギフト 』、

つまり(創造主から)贈られたものだということですね。

好きな人(キリスト教での)から贈られたものであるならば、

それは大事に使わなければいけない、

というのが自然の流れではないかと思います。

しかし私たち日本人は、人生をそのように贈られたものとして、

捉えているのでしょうか。
(以前 授かりもの、預かり物で少しお話しましたが)

一般的な大人なら、「 人生は修行の場 」 であるとか、

「 人生は苦難の連続 」 といった、

ことを仰る方が多いように感じます。

人生はギフトだというイーストウッドの言葉は、

私の琴線に 新鮮な言葉として響きました。
 

考えてみれば、この世に生れてから、

自分の力や選択というよりは 周りの力に助けられ、

親兄弟、そして友人や恋人に巡り合い、

結婚をして、子供が生まれた。  

それを 贈り物と捉える考え方は 納得する部分があります。


我々日本人は、特に人生の経済的な成功ばかりを追い求めて、

思い通りにいかないと、経済的に成功した人たちと比較して、

自分はどうして 人生の中では失敗が多いんだ、

自分にはまだまだ努力が足りないのではないかと、

ネガティブになる傾向があるのかもしれません。

しかし、あなたには、心配してくれる家族がいて、

なにかと気遣ってくれる友達がいます。

それらを 『 ギフトだ 』 と言わずして、

何といえばよいのでしょうか。

あなたは この考え方 どう思いますか?
 

私は、 

あなたがもらった 大切な人からの 『 ギフト 』 

大切に使わないと 『  』 が当たるかもしれない。

と思います。


前回は「 言葉のご馳走 」でした。

いつもおいで下さいまして 

ありがとうございます。

こんにちは 門前の小僧 ざぼんです。

今日は言葉のごちそうを。

(「ものごとに動じない習慣術」 から)

ものごとに動じない人はこんな思考を。

「苦手な人と向き合うときは、
 最初から、あまり期待しない」 
 
〇皆とうまくやっていける人なんか、
 いるわけがない

「そこまで他人の目を気にする必要はない」

〇人はあなたが思うほど、
 他人のことなど気にしていない

「友達はたくさんいるほうがよい、
 という幻想から卒業する」

〇知合いの数が人間関係のスキルを
 物語るわけではない

「みなと同じように振る舞うことに、
 とらわれすぎていないか」

〇奇をてらうのではなく、
 信念を持つことが大事

「逃げのウソをつくと、疲れるだけ」

〇ありのままの自分でいるほうが、
 ゆとりある対応ができる

「ひとりで過ごす贅沢な時間を味わう」

〇大切な答えは、
 ひとりの時間に見つかることが多い

「ひとりでいられないのは、
 心のどこかに不安があるから」

〇ひとりでは心細い、
 と思うから心細くなる

「重い、面倒な人間関係を、
 避けすぎていないか」

〇軽さ、楽しさだけを求めていては、
 いい人間関係はつくれない

「つねにポジティブ、ポジティブと
 自分にプレッシャーを かけていないか」

〇がんばれ、より、
 ドンマイのほうが心に染みるときがある

「自分のいいところだけ数えあげ、
 思い切り甘い点をつけてしまう」

〇世の中は十分厳しい。
 そのうえ、自分には、
 厳しくではつらすぎる。

いかがでしたか、少しは参考になったのでは!

と 思っています。

これを自分なりに咀嚼して下さいね。

推敲2回で完成。

最後まで読んでいただきまして 
ありがとうございます。
感想などいただけますと 小僧が喜びます。
(和尚 敬白)
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