おはようございます。

前回の記事へのたくさんのメッセージやコメント、ありがとうございます。
まず、落ち込んでないです
随分前から『ハゲになるよね』ってほど色んな事考えてきたから余命を言われても焦ることはありませんでした。
ー治療ー
私はフォルフィリ療法とアバスチンの組み合わせを転移発覚から二年くらい・40クール以上やりました。
たま~に、二週おきにしたり最高1ヶ月休みくらいで、ほぼ隔週でやっていました。
発見当初の転移した肺の腫瘍は、まだ小さくて(五ミリ以上のものが両肺に多発(((^_^;))治療しても現状維持だったから安心して治療に専念していました。
でも段々、治療からのストレスで心が荒んできました。
一週間は激しい嘔吐に耐え、そりゃそりゃきっつい二日酔いと船酔い交互のような日々…吐いても何をしても過ぎ行くしかないきつさにじっと耐え、我慢の限界がくると鎮痛剤を射ってもらっていたのですが左手にポートがあるから(ポートとは抗がん剤を連続投与するための血管確保の管のこと)右手からの注射で射ってもらうしかなく、私は血管が出ない方だからその度に何度も血管を探しながら射されるから痛くて辛くて・・そして鎮痛剤が入ったら今度は胸のあたりが苦しくなって鎮痛剤が効いても楽にはなりませんでした。
ポートから鎮痛剤を入れられるようになってからも鎮痛剤をつかうと胸が苦しくなってしまうため、何のための鎮痛剤なのかわからず…
新たなきつさなど要らないから毎度何日か耐えて耐えて乗り越えてきました。
そんな辛い治療を一週間おきにやっていると治療が終わってもせっかくの休薬期間の一週間でも、治療の副作用で味覚障害はでるし動き回るのもきつい動悸もするし食事も思うようにできない何より気落ちする・・
はっきりいって気合いで毎日を過ごしていました。
月の半分以上が生きた心地なんてしなかったです。
前向きにとか口では何とでも言っていたけど、人間そんなに強いわけない。
誰だって治療するのやめたいと一度は考えたと思います。
そんな気持ちも加担して病院にいる間、抗がん剤のことを調べるうちに抗がん剤への疑問だらけになりました。
フォルフィリ療法を始めて一年がたった頃、治療効果はあるとはいえ腫瘍も少しずつ大きくなってきていたしマーカーも少しずつあがってきていました・・
そこらへんから治療することへの疑問が深くなっていきました。
医師からすれば、まだそれでも小さいうちは治療効果とみなすのでしょう。
しかしあのままいっても大きくなって、免疫がついて効かなくなったらまた違う薬剤…ってなっていたんだろうと思ってしまっていました。
癌の標準治療が抗がん剤ってのも疑問。
ガン研究がこんなにも進歩しているなら、はっきりいって生存率があがってもいいはずなのに増え続ける癌死亡率。
完治なんて初期の話。
抗がん剤で生き延びれると信じているのは、ガン治療の統計と日本のガン治療の標準治療という一般認識と日本の病院経営と製薬会社のなせる技によってのものではないかと考えます。
転移する場所によっても違うし、本人の体質もあるし、同じガンなどどこにもない。
そもそも、末期の人が匙を投げられ奇跡の生還ってのは聞くけど、本当に抗がん剤をやっていて生き延びたり助かった人の割合はどうなのか?と考えだしました。
生き延びても、ベッドの上で闘病し一日でも長く生きたとしてもその当人の意思での治療だったのか?
私は、抗がん剤をやってもやらなくても結果は同じとしか考えられません。
QOLを最優先に、考えてしまいます。
生きている時間は同じでも、どう生きるかによって大きくかわってくると思います。
今、同じ病気で闘っている方への挑戦状でもなんでもなく、わたしはそう思うから抗がん剤治療をしていません。
可能性のために、何度も治療を繰り返し結局死にゆくのなら癌の痛みで死にたいと思ってしまいます。
残された家族のために1日でも長く生きてあげたいとは思うけど、私の命なのだから私の意思でいかせていただきたい。
最期の日まで諦めずに生きるのは、治療をしていてもしていなくても同じだよ。
抗がん剤治療をしたくなるような気持ちになれるなら治療しようとは思っています。
誤解なきように追記すれば、私の主治医に余命というか私に死が迫った時はおおよその時間を教えてほしい、と前々からお伝えしていましたから目安を教えてくれたってだけのお話です。

肺炎になったり何事もなければ正月は過ごせると思うけど、このままだと年末あたりには酸素ボンベ常備するくらいまでなってるかな…ってとこらしいです。
あくまでも先生の判断は、今まで見てきた患者さん達の統計からのおおよそだろうけど、来年の春は過ごせるだろうか・・という感じみたいです。
治療すれば可能性はあるというけど、結局治療始めたらもう死ぬまで治療が不可能になるまで続けてしまうと思います・・
生き延びることにだけ必死になり治療結果に一喜一憂し…そういうの私には無理。
なぜだかわからないけど、頑なに抗がん剤を拒否してしまいます。
医学の力で生かされてもきりない気がしてならない・・どうなんだろう。

苦しくなる以外、元気だし食べれるし、色んなことできるし・・
とりあえず中弛みを打破するために、大好きな旅行に行きたいと思い計画中です
ハワイかフランスか・・
ラスベガスってのもいいかな~♪
だと、ロスにもよりたいし(笑)
できるだけ暖かい地域を巡ってこようと思います
まずはやっぱりMEGUMI家と宮澤家のあるHawaiiかなぁーー♪
すぐに現れるから待っててね(笑)
ではまた。

前回の記事へのたくさんのメッセージやコメント、ありがとうございます。
まず、落ち込んでないです

随分前から『ハゲになるよね』ってほど色んな事考えてきたから余命を言われても焦ることはありませんでした。
ー治療ー
私はフォルフィリ療法とアバスチンの組み合わせを転移発覚から二年くらい・40クール以上やりました。
たま~に、二週おきにしたり最高1ヶ月休みくらいで、ほぼ隔週でやっていました。
発見当初の転移した肺の腫瘍は、まだ小さくて(五ミリ以上のものが両肺に多発(((^_^;))治療しても現状維持だったから安心して治療に専念していました。
でも段々、治療からのストレスで心が荒んできました。
一週間は激しい嘔吐に耐え、そりゃそりゃきっつい二日酔いと船酔い交互のような日々…吐いても何をしても過ぎ行くしかないきつさにじっと耐え、我慢の限界がくると鎮痛剤を射ってもらっていたのですが左手にポートがあるから(ポートとは抗がん剤を連続投与するための血管確保の管のこと)右手からの注射で射ってもらうしかなく、私は血管が出ない方だからその度に何度も血管を探しながら射されるから痛くて辛くて・・そして鎮痛剤が入ったら今度は胸のあたりが苦しくなって鎮痛剤が効いても楽にはなりませんでした。
ポートから鎮痛剤を入れられるようになってからも鎮痛剤をつかうと胸が苦しくなってしまうため、何のための鎮痛剤なのかわからず…
新たなきつさなど要らないから毎度何日か耐えて耐えて乗り越えてきました。
そんな辛い治療を一週間おきにやっていると治療が終わってもせっかくの休薬期間の一週間でも、治療の副作用で味覚障害はでるし動き回るのもきつい動悸もするし食事も思うようにできない何より気落ちする・・
はっきりいって気合いで毎日を過ごしていました。
月の半分以上が生きた心地なんてしなかったです。
前向きにとか口では何とでも言っていたけど、人間そんなに強いわけない。
誰だって治療するのやめたいと一度は考えたと思います。
そんな気持ちも加担して病院にいる間、抗がん剤のことを調べるうちに抗がん剤への疑問だらけになりました。
フォルフィリ療法を始めて一年がたった頃、治療効果はあるとはいえ腫瘍も少しずつ大きくなってきていたしマーカーも少しずつあがってきていました・・
そこらへんから治療することへの疑問が深くなっていきました。
医師からすれば、まだそれでも小さいうちは治療効果とみなすのでしょう。
しかしあのままいっても大きくなって、免疫がついて効かなくなったらまた違う薬剤…ってなっていたんだろうと思ってしまっていました。
癌の標準治療が抗がん剤ってのも疑問。
ガン研究がこんなにも進歩しているなら、はっきりいって生存率があがってもいいはずなのに増え続ける癌死亡率。
完治なんて初期の話。
抗がん剤で生き延びれると信じているのは、ガン治療の統計と日本のガン治療の標準治療という一般認識と日本の病院経営と製薬会社のなせる技によってのものではないかと考えます。
転移する場所によっても違うし、本人の体質もあるし、同じガンなどどこにもない。
そもそも、末期の人が匙を投げられ奇跡の生還ってのは聞くけど、本当に抗がん剤をやっていて生き延びたり助かった人の割合はどうなのか?と考えだしました。
生き延びても、ベッドの上で闘病し一日でも長く生きたとしてもその当人の意思での治療だったのか?
私は、抗がん剤をやってもやらなくても結果は同じとしか考えられません。
QOLを最優先に、考えてしまいます。
生きている時間は同じでも、どう生きるかによって大きくかわってくると思います。
今、同じ病気で闘っている方への挑戦状でもなんでもなく、わたしはそう思うから抗がん剤治療をしていません。
可能性のために、何度も治療を繰り返し結局死にゆくのなら癌の痛みで死にたいと思ってしまいます。
残された家族のために1日でも長く生きてあげたいとは思うけど、私の命なのだから私の意思でいかせていただきたい。
最期の日まで諦めずに生きるのは、治療をしていてもしていなくても同じだよ。
抗がん剤治療をしたくなるような気持ちになれるなら治療しようとは思っています。
誤解なきように追記すれば、私の主治医に余命というか私に死が迫った時はおおよその時間を教えてほしい、と前々からお伝えしていましたから目安を教えてくれたってだけのお話です。

肺炎になったり何事もなければ正月は過ごせると思うけど、このままだと年末あたりには酸素ボンベ常備するくらいまでなってるかな…ってとこらしいです。
あくまでも先生の判断は、今まで見てきた患者さん達の統計からのおおよそだろうけど、来年の春は過ごせるだろうか・・という感じみたいです。
治療すれば可能性はあるというけど、結局治療始めたらもう死ぬまで治療が不可能になるまで続けてしまうと思います・・
生き延びることにだけ必死になり治療結果に一喜一憂し…そういうの私には無理。
なぜだかわからないけど、頑なに抗がん剤を拒否してしまいます。
医学の力で生かされてもきりない気がしてならない・・どうなんだろう。

苦しくなる以外、元気だし食べれるし、色んなことできるし・・
とりあえず中弛みを打破するために、大好きな旅行に行きたいと思い計画中です

ハワイかフランスか・・
ラスベガスってのもいいかな~♪
だと、ロスにもよりたいし(笑)
できるだけ暖かい地域を巡ってこようと思います

まずはやっぱりMEGUMI家と宮澤家のあるHawaiiかなぁーー♪
すぐに現れるから待っててね(笑)
ではまた。