宮崎市神社巡りのつづきで

最後の場所です。

 

鵜戸神宮

2023年10月22日(日)

 

うどじんぐう

住所:宮崎県日南市宮浦3232

こちらは中学時代の

修学旅行で訪れたのが初参拝

2回目は20代の頃

今回は3回目となります。

 

鵜戸神宮は

崖に沿って作られた石段を降りて

社殿へ向かう「下り宮」という珍しい神社で、

日本三大下り宮」の一つに数えられます。

他の二社は群馬県「一之宮貫前神社」

熊本県「草部吉見神社」と言われます。

 

草部吉見神社は私にとって

大好きな神社さんのひとつですキラキラキラキラ

神犬石(いぬいし)

画像真ん中の石です。

八丁坂からご本殿を御守護するように

見えることから神犬石と

呼ばれるようになったそうです。

看板を見る前から「あ、犬!」と思いました。

本当にお犬様のようでした。

神門

 

蘇鉄の新芽?

 

楼門

 

奉納されたウサギ像

鵜戸神宮になぜ

ウサギさんの像が多いのか❓

主祭神が

ウガヤフキアエズノミコトであることから

その「鵜」の字が「卯」・「兎」と転じ

ウサギが神使となったと言われているためです。

真っ青な空

真っ青な海

福注連縄

自分の身体を清め、

開運招福・身体健全のご神威をいただくものです。

玉橋付近から望む

御船岩(真中)、二柱岩(右)

亀石桝形岩(左下)

社殿

社殿は洞窟の中に鎮座しています。

「ウド」は、(うつ)(うろ)に通じる呼称で

内部が空洞になった場所を意味し

祭神名の「(鸕鷀)」が鵜を意味するのに

因んで、「鵜戸」の字を充てている。

古くは「鵜戸権現」とも称されましたが、

1868年(明治元年)の神仏判然令によって

権現号を廃し、

1869年(明治2年)「鵜戸神社」と改称。

1874年(明治7年)に神宮号が宣下されて

現社名となりました。

◆御祭神◆

日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)

大日孁貴(おおひるめのむち)(天照大御神)

天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)

彦火瓊々杵尊(ひこほのににぎのみこと) 

彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと) 

神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)(神武天皇)

こちらの主祭神である

ウガヤフキアエズは

青島神社の御祭神

彦火火出見命(山幸彦)と豊玉姫命の

お子にあたります。

ちょうど映る位置に鏡がありました。

 

皇子神社

◆御祭神◆

彦五瀬命

鸕鶿草葺不合尊の第一皇子で

神武天皇の兄にあたります。

撫でうさぎ

撫でると、病気平癒、開運、飛翔など

願い事が叶えられると言われています。

ブレブレで失礼します💦

御霊石

室町時代中頃より祀られており

鵜戸山大権現仁王護国寺

(延暦元年に天台宗の僧光喜坊快久が

勅命を受けて再興した寺)の

信仰の名残とされます。


願い事は、諸願成就し、

国家安泰を祈祷して、

霊験あらたかと伝えられます。

洞窟の中なので

画質が悪いですがお許しをお願い

お乳岩

豊玉姫が

鸕鶿草葺不合尊へ対する母性愛から

両乳房を岩にくっつけて行かれたと

伝えられています。

産湯の跡

鸕鶿草葺不合尊誕生の際に

使われたとされる井戸

お乳水

お乳岩から出るお乳水は、今もなお

絶え間なく玉のような岩清水を滴らせて

安産・育児・身体健全その他

心願成就がかなうことで知られています。

お乳岩から滴り落ちる水で作った

「おちちあめ」は境内で入手できます。

霊石亀石

豊玉姫が出産の為に

乗って来られたと言われる石。

亀石の背中に窪みがあり、
そこに男性は左手女性は右手
「運玉」と呼ばれる玉を投げ入れて入ると
“願いが叶う”と言われています。

運玉

安心して下さい

指紋は消していますパー

 

ちょっと脱線話

大晦日の日だったか

TikTokで流れてきた

手相占い島田秀平バツ』見てたら

プレミアムな線ということで

神秘十字線とソロモンの星⛧のことを

言っていました。

 

 

ワタクシ神秘十字線は両手に

ソロモンの星⛧は左手の月丘にありますが

特にプレミアムなことは

何もありません。

ただ、守られているとは感じます。

ご先祖様に感謝ですね🙏

運玉の結果

相棒さん0個

私、右手で4個中2個入り

最後の1個は左手で投げて

縄内に当たって跳ね返りました✌

 

 

奇岩を飽きるまで眺める

 

 

 

帰る頃

楼門の左上にお月様

 

 

これにて宮崎の神社巡りは終了です。

 

ご覧いただきありがとうございましたキラキラお願いキラキラ

 

***

 

朝倉地方の郷土料理「蒸し雑煮」

家族に辰年がいるので

タツノオトシゴの人参を

入れてあげました。

 

私は例年通り静かなお正月でしたが

テレビの向こうは悲惨な状況で。

 

住む家があり

働かせてもらえる会社があり

あたたかい寝床があり

食べるものがある

普通の生活が

どれだけ幸せなことか

今ある幸せを嚙みしめた

元旦でした。