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駛馬天満宮(宮原天満宮)

2026年3月22日(日)

 

はやめてんまんぐう

(みやはらてんまんぐう)

住所:福岡県大牟田市宮原町1丁目191

初参拝の神社です

 

虹様より

「今年は午年で名前に馬が2つ入っているから

”注目されているらしい神社さん”」

と教えていただき

是非、行ってみたいと思いました

天満宮

駛⇦これで「はや」と読むのですね

はやく走ること

 また、乗り物をはやく走らせるという

意味があるようです

駛馬天満宮の鳥居と石段

鳥 居

柳川市を離れる頃に雨が降ってきて

大牟田市では本格的な雨でした

駛馬天満宮の狛鷽像  駛馬天満宮の鳥居横に立つ鷽の像

狛 鷽

 

駛馬天満宮の狛犬と鳥居  駛馬天満宮の狛犬と梅鉢紋

 

狛犬(随神門手前)

 

生きることは愛することを

 

 

駛馬天満宮の朱色の鳥居と石段

随神門

 

神紋は「梅鉢紋」

 

駛馬天満宮の馬と巫女のイラスト

 

駛馬天満宮の鮮やかな手水舎と絵馬

手水舎

 

駛馬天満宮の鳥居と本殿

 

駛馬天満宮の石造の狛犬  駛馬天満宮の狛犬(右)

狛犬(社殿手前)

 

駛馬天満宮の朱色の社殿と石段

社 殿

菅原道真が京都から太宰府に来たとき

京都に残された家族が悲しんでいるのを

慰めるために

道真は鏡を見ながら自分の似顔絵を描いて

京都に送りました

道真が亡くなった後

似顔絵を京都に運んだ人の夢に

道真が出てこられ

「似顔絵を御木国米生荘

(現在の駛馬天満宮付近)にお祀りして

神社をつくりなさい」と言われたことから

933年、今から1,000年くらい前に

この駛馬天満宮ができました

駛馬天満宮の拝殿と本殿

鳥居の近くには石で作られた

一対の(うそ)があります

太宰府で道真が

たくさんの蜂に襲われそうになったとき

鷽という鳥の大群が飛んできて

助かったそうです

駛馬天満宮では「うそ替えまつり」

という行事を毎年3月と9月に行っています

1年の嘘を天満宮の木鷽と交換することで

ついた嘘を滅ぼすと言われています

境内には今から670年くらい前に

藤原助継(ふじわらのすけつぐ)という人が作った

「ガランサン」と呼ばれている

宮原天満宮石幢残欠(みやはらてんまんぐうせきとうざんけつ)」と「ウキゾウサン」

と呼ばれている「宮原石層塔残欠(みやはらせきそうざんけつ)」の

2つの石塔もあります。

「ガランサン」の表面には

建物、動物や人などが刻まれていて

「ウキゾウサン」の表面には

和歌が刻まれています
大牟田市HPより

駛馬天満宮の提灯と社殿

 

御祭神

菅原道真公

 

夢枕守 駛馬天満宮の御神体

駛馬天満宮は

別名「夢まくら神社」とも称されます

 

「夢まくら神社」といわれる理由

駛馬天満宮の御神体は菅原道真公が都に残された祭祀を慰めるために送られた自画像でございます

「この自画像を、宮原(米生)の地に社を作り産土神として祀るべし」と道真の遣いである住吉下野守信晴の夢枕に立たれたことから承平3年癸巳(932年)11月25日に社殿を造栄し祭祀を行うようになりました由縁でございます

 

駛馬天満宮の瓦屋根と梅鉢紋の塀

 

本 殿

 

駛馬天満宮の重厚な社殿と空

本殿裏

 

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御朱印

はじめての参拝なので御朱印を授かりました

御朱印帳に直書きです

おまけで「ご縁があるよ」を

いただきましたキラキラ

 

毎年3月と9月の24日、25日には

「鷽替神事」の大祭が行われています

「替えましょ、替えましょ」と

呼び合いながら人々が替え合う木鶯には

番号が書かれており

祭り最終日の25日

22時から行われる祭典によって

当り番号が決定キラキラ

当り番号を持っていた人は

幸運の金の鶯を授かることができるそう

 

午年の年に参拝出来て良かったですし

午年の友人にも教えたいと思いました

雨のなか誘導、お付き合いくださった

虹様に感謝です虹