ある地方公務員のNPO法人奮闘記

ある地方公務員のNPO法人奮闘記

片田舎のある地方公務員がNPO法人設立・運営に奮闘していく物語です。

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 しばらくブログを止めます・・・。


 最近ツイッターをやり始めました。ツイッターの仕組みがまだよく分からず ???ですが、ツイッターが私の性分にあっているような・・・。


 私のNPO法人奮闘はまだまだ続きそうです。そして、NPO法人「たかはるハートム」の章は終わり、NPO法人「一日30人と話そう会高原町」での新しいスタートを考えています。企業が新しく生まれ変わる時に社名を変えるのと同じです。


 「一燈照隅、万燈照国」。私たちの 原点に帰ろうと思います。


 長きに渡り、ご愛読ありがとうございました・・・。  


 平成23年5月28日  谷山天一

 テレビを見て、やっぱり本当なのか!?…、違ってほしい…と何度も思いました。今も思います。


 地震後、血圧が安定せず体調がよくないです。まあ、いろいろと活動していることも影響あると思いますが、体と命は一つ、大切にしていきます。


 東北の実害の伴う自然災害の被災を見て、こちらはその脅威度が増しています。何があってもおかしくない→火山大爆発それも想定外の大爆発(この想定外の大爆発とは江戸時代の大爆発を超えるもので、私の町などは吹っ飛ぐらいのレベル)


 そんな心理的な脅威が心の中に占めるようになってきました。でも、死ぬときは人間死ぬのです。私の妹、父親は天寿をまっとうせずに亡くなりました。なぜ、亡くなったのかなんてわかりません。人間の生き死になんて誰にもわかりません。


 一つの体と命と心と大切にし、日々前を向いて進むだけです。


 今日も一日頑張りましょう!!

昨日は、周恩来、栗原はるみ、北条司・・・の誕生日じゃなくて、NPO法人たかはるハートムの誕生日?でした。


でも、総会は10月27日だったので、10月27日が本当の誕生日で、3月5日に出生届けが受理され、戸籍に載った(法務局の登記簿に登録された)日でしょうか。


まあ、平成22年3月5日の方が産みの苦しみがありました(笑)ということで、NPO法人たかはるハートムの誕生日は3月5日で。


「やらなければならないこと」「やりたいこと」たくさんあります。私の体がそれを許さないだけなのですが、私が健康でNPO法人の活動が続けられることが、この地域のために一番いいことと思います。



ところで、今、青山学院大学の学生が10日間の日程で高原町にボランティアにきています。活動すること自体もすばらしいのですが、意義深いことをいろいろと考えさせられることになりそうです。また、後日、ディープな内容になりますが、書きます。



今年初めての投稿となってしまいました。すいません。


今日から3月です。私は月初めがとっても好きで、「さあ今日から○○月!気持ちを新たに頑張ろう」といつも思います。今日からブログもいろいろ頑張ります。


その後の病状はなんとなく落ち着いてきたかなという感じです。血圧はやはり朝は高いです。さきほど計ったら140/95。これが夕方には120/80となります。あと、肉体的に非常に疲れやすくなりました。体力が落ちたのでしょう。


今までだったら、眠気覚ましのコーヒー、栄養ドリンク、酒・・・と飲んで食べて元気をつけて、無理やりやっていたのですが、一切これらを食しません。退院後、「今までこうしてたからこうなった・・・。これからは、病気になりたくないために、これまでやってきたことは、やめよう」という気持ちになりました。


簡単に言うと、体に優しい食生活ということでしょうか。野菜もよく食べます。体重も増えたりしません。しかし、肉体労働には向かないボディーです(笑)。これから、この体を大切にして、やっていきます。



NPO法人の方ですが、新燃岳噴火で大変なことになっています。私は新燃岳の麓の高原町に住んでいます。安心・安全・平和な地域社会という大前提が、崩れてしまい事業運営が非常に大変です。これから1ヶ月でいろいろとまとめあげなくてはいけません。奮闘記は続きます・・・。



たかはるハートムについては、ホームページをご覧ください。

あともう少しで今年、平成22年(2010年)が終わります。今年も多くの皆様にお世話になりました。ありがとうございました。


大人になると毎年、いろんなことがあり、「大変な年だったなぁ~」と思うわけですが、今年は二度と起こってほしくないほど大変な年でした。


10月18日脳幹梗塞で入院しました。短期のカムバックを果たしました。九死に一生を得ました。こうしてお正月を迎えようとしています。


ほんとにものすごい出来事でした。症状がもっと重ければ・・・いろんなことを考えます。


大病をして失うものもありましたが、失って初めて得るものもありました。


来年はよくなるようにと願うのではなく、よくなるように努め、実現することです。