ボランティーア(^ ω^)!
超楽しかった(^ω^)
まず施設自体が山小屋みたいな感じで、
すーごい明るくてこぢんまりしてて綺麗で、
いる人たちもいい人たちばっかりで、
もうあそこに就職したいっ笑
それぐらいよかった!
老人ホームのボランティアは初めてじゃないんだけど、
あんなにいいとこ初めて(^ω^)!!
童謡とか一緒に色々歌って、
また行きたいよー(^ω^)⌒♪
そしてこれからバイト、行ってきます(;_;)笑
やれやれだぜ2
あーそうですかそうですか・・・
わたしがさっき書いてた超長いめんどくさい思考をまとめてた記事を、
アメーバさんは全部消してしまわれたのですね。
もうねぇ・・・いいかげんにしてください。
もう一回書きます。
さっきバッド・エデュケーションを見終わりました(^ω^)
もう何回目かだけど。
で、16歳くらいで初めて見たときより、
今見た方がすごくいろんなことに気づいたんですよ。
でも、・・・これはバッド・エデュケーションの感想ではないのだけど、
2年経って、いろんなことに気づいた自分ってゆうのが人として成長したのかっていうと、
それは必ずしもそうゆうわけではなくて、
その”気づくようになった”ってゆうことはどうゆうことなのかってゆうこと?
なんですよ。
映画に限らずだけど、
たとえば「この監督はあーだこーだ」とか
「あの小説はどーだこーだ」とか、
ブログなりなんなりでゴタクを並べてる人が、
必ずしも一番わかってるのかってゆうと、そうじゃないんじゃないかなって思ったんです。
わかってるから優れてるってわけじゃないと思うんです。
もちろんその人なりに一生懸命考えて、
それで思ったことを綴ってることってゆうのは全然かまわないんですけど、
むしろすごいと思うしいいと思うけど、
その映画なり小説なりは必ずしも罪を問うたり意見を促してるものじゃないとおもうんですよね。
フェレ曰く、バッド・エデュケーションもそうだけど。
たとえば、唯(ただ)楽しんでもらいたいための映画だったり、
唯(ただ)スリルを味わってもらいたいサスペンスドラマだったりって”ある”と思うんですよ。
で、それはエンターテイメントに限ったことじゃなくて、
人が生きる上でもあると思うんですよ。
例えば、発展途上国とかで日々生きることに精いっぱいに生きてる人っていると思うけど、
そうゆう人は、別に余裕がないから何にも考えてないってわけじゃないと思うんですよね。
でも、だからっていろいろ考えてもないと思うんですよ。
考えるってゆうか、その生きることにそもそも意味を見出そうとしなくても、
生きてることが全てなら、それに意味を持たそうとか、それって必ずしも必要じゃないし、
意味なく生きてるってわけでもないし、
考えたい人はそのままでいいと思うんだけど、
別に生きてることを全うしてたらそれがすべてじゃないかな、と。
普通に暮らしてる私たちも。
だから話を映画にもどすなら、
「こんな映画で感動するなんてばかじゃん?」とか
「この映画はどうのこうのだから他のどの映画よりすばらしい」とか
言ってる人が最上ではない、って思うんですよ。
だから、今までよりいろんなことに気づいた今の自分は、
別に16歳のときより成長していろいろわかるようになって幸せかっていったら
必ずしもそうじゃないんだと思うんですよ。
純粋に映画を楽しんでた自分はそれで幸せだったんだし、
今の方が優れてるってわけでもないんじゃないかな、って思ったわけなんですよ。
だからまぁとにかく、
ここまでもう一回書きなおしてすごく大変だったってゆうのが
今の一番の感想です・・・
雪降ってきたー!
アセレヘ、アセダヒッ( ・∀・)!
最近ハマり中な『アセダヒッ』、
何のことかわかりますか?
あの『アセレヘ』の原曲です。
本当のタイトルは忘れちゃったけど…。
アセレヘが空耳なのはなんとなく知ってたけど、
原曲聞くと、あーなるほどね、と(^ω^)
超早口なかんじのラップなんだけど、
歌えるようになりましたよ(^ω^)
0:40~です・・・
♪アセダヒッ、ホッ、デヒピッ、デヒピトデヒッヒッホプユドンットッダロギトゥダバンバンブギセアッジャンダボギトゥダリドゥオダブギダビー!
ってかんじかな、日本語的空耳だと(^ω^)
スペイン語的だと
Dot the i
Dot the i キター!
またなんか見たくなってきたよ。
この映画のストーリー考えた人すごいよ。
ほんとすごいよ。
そしてバーナビーまぢやばいよ。
ほんと超やばいよ!!!!!!
あー見たい見たい。
- ドット・ジ・アイ
- ¥3,520
- Amazon.co.jp
あと
見たいと言えばミスターロンリー見たいよ!!!
ミッキーそしてミニー空気読めよ。
ドナルドも。
グーフィーもかよ。
ミスターロンリーほんと絶対見に行こう。
うん。





