こんにちは。本当はyoutuberになりたいけどおそらく需要はない、ジャンル不明ブロガー、maxmanことtigerです。

 今回も引き続き、ヴェルディの歴史を飾ってくれた外国人選手を紹介するこのコーナー。今回紹介するのは「ロッサム」選手です。1993年の後半戦で活躍した選手で、オランダ出身で、ポジションはセンターバックタイプのDFです。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/エリック・ファン・ロッサム

 まずちょっと経緯的なところから言うと、2年前に就任したミステルことロティーナ監督は、ヴェルディ初となるスペイン人監督として注目されましたが、実は歴史を紐解くと、ヴェルディの前身である読売クラブ時代はオランダ人のバルコム氏や、ドイツ人のグーデンドルフ氏などヨーロッパ人の監督は幾度なく来日していました。

 日本人かブラジル人のイメージが強いヴェルディの監督ですが、指揮官としてはヨーロッパ出身の方も成功した方が多いようです。…ラーメン大好きおじさんはおいといて。

 しかしながら、一方で「ヨーロッパ出身の助っ人」はなぜかヴェルディのサッカーにはハマらない選手が多く、Jリーグ初ゴールを決めたものの前半戦で2ゴールに終わり退団したマイヤー、イニエスタを日本に呼び寄せるものの本人は活躍出来なかったカルロス、いいヤツだったけどフィジカル弱く前半戦で居なくなってしまったコイッチ など、今ひとつレギュラー格の活躍は出来ない印象があります。

 しかしながら、唯一ヨーロッパ選手として、シーズン終了まで主力として活躍した選手、彼がロッサムです。もともとヴェルディは開幕を迎えるにあたり、当時フィジカルコーチを務めていた元監督バルコム氏のアイデアからか、オランダ人選手を獲得しオランダ流のサッカーを取り入れて行こうという試みをしており、それを実現するためにストライカーのマイヤー、センターバックにハンセンという選手を獲得していました。しかし、マイヤーはチームメイトと合わず途中退団、ハンセンもwikiによるとホームシックにかかってしまい前半戦にフル出場したものの退団してしまい、後半戦から加入したのが彼、ロッサムでした。

 ただ、彼については他のオランダ人選手が離脱してしまう中、リーグ戦の後期全試合、カップ戦全試合でレギュラーとして活躍し、見事ヴェルディの後期ニコスシリーズ優勝に主力として貢献したのです。

 もともと、Jリーグ開幕前の読売、日産のライバル時代は、日産が「堅守」読売が「攻撃」と対極なサッカーをしており、攻撃力の一方で守備には問題を抱えていたのですが、アンカーに闘将こと柱谷哲二さんを据え、ペレイラとロッサムが組む守備は極めて安定しており、その守備の安定が後期シリーズ優勝に繋がったのは間違いないでしょう。

 加えて絵に描いたような金髪イケメンで、そのブロンド髪を靡かせてのプレーはおそらく女性ファン、サポーターを虜にしたことは想像に難くありません。

 ただ、彼の場合、最後が非常に残念でした。
 後期シリーズを制し年間王者を決めるジーコ率いる鹿島アントラーズとのチャンピオンズシップに挑んだヴェルディは第1戦を制し、もちろんロッサムも見事に鹿島の強力攻撃陣を封じ込め、第二戦も当然出場すると思われました。

 ところが。
 この年にヴェルディに加入した外国人戦士にはもう一人、パウロという選手がおり、アンカーのポジションの選手だったのですが、レギュラーは奪取できずシーズン途中にチームを去ったはずでした。

 しかし、チャンピオンズシップ第二戦のメンバーに、チームを去ったはずのパウロがなんと急遽メンバーに登録され、アンカーの位置に入りペレイラと柱谷がセンターバックを組み。ロッサムは外国人選手枠の関係でベンチ外に追いやられてしまったのです。

 戦術的なものだったのか、それともチーム内の事情で何かあったのかはわかりませんが、おそらく当時のサポーター、ファンの大多数は「は?」と思ったでしょう。

 ご存知のように、ヴェルディはアントラーズを破り初代年間王者に輝くのですが、ロッサムはこの扱いに激怒し、祝賀パーティーにも参加せず帰国。そのまま契約解除となってしまいました。

 その後のことはよくわかっていませんが、2年後にはバルコム氏に誘われて当時北信越リーグ所属だったアルビレックス新潟の前身、アルビレオ新潟で1年間プレーしています。そして彼の退団後、2017年のカルロス加入まで実に24年もの間、ヨーロッパ国籍の選手がヴェルディでプレーすることはありませんでした。

 当時のヴェルディは今と違い、親会社の読売グループの意向に左右される部分が大きく、潤沢に資金もあった一方でこういうゴタゴタも避けられなかったのかもしれません。

 なのでロッサムについては、本当気の毒なことをしてしまった、あと数年ヴェルディで輝けるはずの選手だったと思っています。

 もちろんフットボールの相性とかもあるでしょうが、いつかまたヴェルディで輝くヨーロッパ国籍選手が登場した時は、手厚くもてなし、大事にしたいと思います。

 tot ziens!(またね!)