最近名勝負列伝やら、歴代スーパー外国人およびネタ外国人など、過去を懐かしむ企画が盛り上がっているので、このブログも最近シリアスな話や小話が増えているので、ちょっと企画をしてみようと思います。

 とはいえ、普通の企画をやっていても多分20番煎じぐらいになると思うので、今回はレギュラーじゃなかったり、1年ぐらいの所属で一部の人の記憶にしか残ってないけど、印象に残った外国人選手を紹介して行こう!という企画です。

 今回登場するのは、マルシオ・アモローゾ選手です。


  アモローゾ選手はJリーグ元年の1993年に所属していた選手で、ブラジルのグレミオからレンタル移籍していた選手です。ポジションはストライカータイプのFWでした。

 来日当時は19歳だったので、伸び盛りの若手という感じですが、当時の外国人枠は3人だったのに対し開幕時点で5人の外国人選手が登録されていたことから、どちらかというと即戦力というより、ハマればラッキーぐらいの育成枠みたいな立ち位置だったのではと予想します。

 で、結果的にその3枠は守備の要ペレイラ、途中加入の司令塔ビスマルク、そしてCBのオランダ人選手ハンセン(前期)、ロッサム(後期)で埋まってしまい、彼がトップチームでスポットライトを浴びることはありませんでした。

 しかしながら、サテライトリーグ(若手の出場機会を伸ばすために過去に行われていたリーグ戦、プロ野球でいうところのイースタンリーグとウエスタンリーグみたいなもの)で得点王に輝くなど潜在能力の高さは発揮していました。

 そしてブラジルに戻った彼は、一気にスター選手の階段を駆け上がります…
   いきなり全国選手権で得点王に輝くと、その活躍をひっさげセリエAウディネーゼに移籍。そこでもゴールを量産し、98-99年シーズンにはブラジル人では初、しかも今のところ歴史上唯一のセリエA得点王に。その後はドイツのボルシアドルトムントに移籍し、そこでも得点王とリーグ優勝にチームを導きました。

 当然その活躍が認められてブラジル代表にも召集され、ワールドカップには縁がなかったものの、コパアメリカでもチームを優勝に導き、2005年にはブラジルのサンパウロに復帰してサンパウロを世界一に導きました。

 なお、この翌年にはFC東京と仮契約を結びましたが、ACミランへの移籍が決まり破談。凱旋はならずその後はブラジルのチームを転々とし、最後は古巣グアラ二で現役を終えました。

 トップチームに絡めない練習生から、到底手が届かないワールドクラスの選手まで上り詰めた彼。

 しかし、唯一の日本でのプレーであったヴェルディ時代は、試合には絡めなかったものの武田や都並らに連れられて六本木に遊びに行くなど笑、彼にとってはいい思い出として刻まれているようです。

 もし彼の潜在能力を信じてもう少し彼がヴェルディにいたら、歴史は変わっていたかもしれませんね。

 でも、最後に言っておきましょう。
「アモローゾはヴェルディが育てた」

   ではまた。