愛媛の地でヴェルディが悔し涙にまみれた1日前のことです。遠い埼玉の地で、栄光を掴んだひとつのクラブがありました。

 

 湘南ベルマーレが横浜Fマリノスとの神奈川同士の対決を1-0で制し、ルヴァンカップ初優勝を成し遂げたのです。

 

 自分はなぜか、とても清清しい気持ちでした。去年アウェイの地で敗れてから憎しみはありましたが、その感情はFC東京や松本山雅に抱く感情とは、全く違う、強くて雄雄しいクラブだから絶対リベンジしたいという、素直で健全な感情でした。だからこそ、素直に喜ぶことが出来たのですが、それ以上に、湘南ベルマーレというクラブがこれまで歩んできた茨の道を思い出し、それがヴェルディの歴史と重なる部分があったからです。

 

 湘南ベルマーレがJクラブの仲間入りを果たしたのは、J発足2年目の1994年の出来事です。JSLで多くのタイトルを獲得した名門フジタサッカークラブを母体とし、小島伸幸、野口幸司、名良橋晃、岩本輝雄、ベッチーニョといった個性豊かなスター選手たちが数多く在籍していました。さらに後には日本屈指のスター選手である中田英寿の育成、輩出にも成功しました。

 

 チームとしても、天皇杯やアジアウィナーズカップのタイトルを獲得するなど、当時あった横浜の2クラブ(マリノスと今は亡きフリューゲルス)と人気、実力ともに肩を並べる神奈川県を代表するクラブで、今後着々と強豪クラブの道を歩むかと思われました。

 

 しかし、1999年に突然の悲劇が襲います。これまで親会社としてチームを支えてきたフジタが経営不振によりスポンサーから撤退してしまったのです。

 

 これからさらなる躍進を目指すチームにとってこれはあまりにも痛恨で、それによる事業縮小のため多くの主力選手がチームを去ってしまいました。

 

 大幅な戦力ダウンを強いられたベルマーレは、わずか年間で4勝しか出来ない散々な結果に終わってしまい、最終節を待たずにその年からスタートしたJ2への降格を余儀なくされたのです。そしてその年降格したもう1チームは、あの浦和レッズでした。

 

 しかし、それまでの輝かしい実績があるベルマーレがこのままJ2に定着するとは思えない、すぐに戻ってくるだろうと予想した人も多くいたはずです。

 

 ところが、2000年に一緒に降格した浦和レッズが1年でのJ1復帰を果たす一方で、ベルマーレは昇格からは程遠い8位という成績でシーズンを終えてしまうのです。

 

 親会社の撤退による資金確保の困難や、カテゴリーが下のチームであるがゆえに満足な補強も出来ず、シーズンを通して安定した成績を上げられなかったことが要因でした。

 

 そしてその後、2008年までの約10年間、ベルマーレはずっとJ2での戦いを強いられました。いわゆる「J2の泥沼」に嵌まり込んでしまったのです。

 

 かつて同じ舞台で戦ったサンフレッチェ広島、ヴィッセル神戸、柏レイソルといったクラブがやってきたかと思えば何事もなかったかのように1年で帰っていく。

 

 そしてベガルタ仙台、アルビレックス新潟、川崎フロンターレ、大宮アルディージャといった後から出てきた名前すら知らなかったクラブに昇格をかっさらわれていく。

 

 どれだけ苦々しく、苦難の日々だったでしょうか。いつしか人気も低迷し、ベルマーレというクラブの存在すら知らない人も出てき始めました。


 そして、その苦難が終わる日がついに来るのですが・・・

TO BE CONTINUED・・・