少し前の出来事。渋谷区に近年中に大規模な複合商業施設を作るプロジェクトが発表され、その中に新しいサッカースタジアムを建設するアイデアが発表されました。

 

 問題は、このスタジアムをいったい誰が使うかということなのですが、少し前まではFC東京が数年中にスポンサーであるmixiの主導でスタジアムを建設する計画を発表しており、FC東京が移転しそのスタジアムを使うことは確実と見られていましたが、ここにきてヴェルディがこのプロジェクトに参加するという声も出ており、競合のような状況になっています。

 

 ということは、どちらかが現在の味スタから移転し代々木の新スタジアムを使う可能性が出てくるわけで、当然ながらその意見には賛否両論が出ています。

 今回は、過去にヴェルディが経験した本拠地およびホームタウンの移転の事例や、過去の様々なクラブの本拠地移転の事例を例に挙げ、本拠地を移転することのメリットについて考えていきたいと思います。


<ヴェルディ川崎・誕生>

 1969年に読売サッカークラブとして誕生したヴェルディは、東京都の2部から1部→JSLと月日をかけてステップアップを果たし、Jリーグが発足する前の80年代後半~90年代初頭には、当時の最高峰のリーグであるJSL(日本サッカーリーグ)において、複数のタイトルを毎年のように獲得している、日本を代表する強豪サッカーチームでした。

 

 1993年のJリーグ発足に向け、Jリーグを構成する最初の10つのチームにも、当然ながら名前が上がりましたが、その時の問題となったのが本拠地、すなわちホームスタジアムの問題です。

 というのも、読売クラブとして活動していた時代はサッカーはまだマイナーなスポーツだったこともあり、現在でもおなじみの西が丘、駒沢といったスタジアムで事足りていたことから、含めてホームスタジアムとして使用していたのですが、Jリーグの創設にあたってホームスタジアムの定義が明確になり、西が丘や駒沢いずれも照明や収容人数の問題で基準を満たしておらず、唯一当時都内で基準を満たしていた国立競技場については、当時のJリーグと日本サッカー協会の「国立競技場にはJチームを置かない」という基準により、年に数回ホームゲームに利用することが出来るのみで、ホームスタジアムでの利用は認可されませんでした。そんな中、何度かホームスタジアムでの開催実績のあった等々力陸上競技場を管轄している川崎市からのオファーがあり、そのオファーに乗る形で等々力にホームスタジアムを設定し、チーム名もクラブのカラーだった緑からの造語「ヴェルディ」を加え、「ヴェルディ川崎」としてJリーグでのスタートを切ったのです。


 しかしながら、これは極めていびつな形でした。ご存知のようにヴェルディが本籍地、クラブハウス、練習場を構えているのは東京都の稲城市であり、ユースやサテライトの試合やチームの練習などは東京で行われていたため、ホームスタジアムだけが県外にあるという状況だったのです。


 もともとヴェルディは親会社である読売新聞によって創設されたクラブということもあり、クラブの方針なども読売新聞の主導で進められていたため、ご存知当時のナベツネこと渡邊オーナー(現読売新聞名誉会長)はヴェルディを「Jリーグの巨人のような、広告塔のチームにしたい」という意向を持っており、そのために、「全国区がホームタウン」といった当時の発言から分かるように、地域密着の努力を上の指示により怠っていたのです。J開幕当初、ヴェルディは「スター軍団」として多くの日本代表選手を抱える強豪チームとして君臨していましたが、地域密着クラブとして成功していたというよりも、その話題性によるミーハー人気によるものが大きく、Jリーグの理念であった「地域に密着して、地域に愛されるクラブになってもらう」という面では後手後手に回っていました。そういう背景を知ってか、川崎市自体もクラブが依頼していた芝の張り替え作業などをまったく行わなかったりと、両者の関係は冷え切っていたといいます。


 そしてナベツネ氏とJリーグとの関係がこじれた末、98年に読売新聞は傘下の日本テレビにヴェルディの経営権を譲渡する形で親会社としては撤退しました。

 同時に、クラブ経営の赤字の解消のため高年俸だったカズなどのスター選手を放出せざるを得ず、ユース卒や大卒の生え抜き選手を中心としたチームつくりへと転換しました。


 その結果、話題性が弱くなり、もともと地域活動を怠っていたツケで観客動員は激減、もともと初年度以降は赤字になることが多かったにも関わらず、度を越えた金満補強などを繰り返していたことにより赤字ばかりが目立つようになり、クラブ自体の存続すら危ぶまれる状況となってしまったため、そんな中での苦肉の策として東京スタジアム(現在の味の素スタジアム)への移転が持ち上がり、2001年に決行となったのです。


 皮肉にもナベツネさんが離れた後でヴェルディにとって本来の願いであった「東京にホームスタジアムを持つ」は実現したわけですが、それよりも前に東京スタジアムをホームとして使うことが既に決まっており、に地道に地域密着を進め、多くのサポーターを獲得していたFC東京の存在もあり、人気面で大きく水をあけられてしまう結果となりました。


 次の回では今のヴェルディの現状について説明し、ホームタウンの移転とホームスタジアムのみの移転との違い、それにより生じるメリットについて私の考えを述べたいと思います。