横浜の三ツ沢には冷たい雨が降っていた。

公園の中を雨に打たれ、私はスタジアムへ向かっていた。

行く途中、私の胸中には黒いものが浮かんでいた。

いっそのこと、このまま引き返した方がいいのではないか。

ヴェルディはあの熊本戦の劇的な勝利から、再び息を吹き返し4連勝で昇格争いに返り咲いたものの、9月は1分1敗とそれまで勝ち星を掴めずにいた。

あとは、自分はたまたまだが、前売券を買い忘れており、入場するなら当日券を買うしかなかった。

雨で寒く、こんな過酷な環境で、チームも調子が上がらない中、行く意味なんてあるのか。

15年間愛情を注ぎ続けていたはずのチームに対するマインドが折れかけていた、その時だった。

「オイ!オイ!オイオイオイオイ・・・オオオオオ・・・オイ!」

あの声は・・・!!!

根拠はないけど、間違いない。

同志の声だ!

そうだ、この声だよ。

どんな苦しい状況でも、

希望を失いかけても、

この声が何度でも、

俺を蘇らせる。

こんなところで立ち止まってる場合じゃない。

みんなが待ってる。行かなくては!

私は雨の中、スタジアムへ急いだ。

既にアウェイ側のゴール裏は多くの緑のユニフォームで埋まっており、レインコートの上にレプリカユニをはおり、私は席に着いた。

「大変ですねえ、こんな日に」

えっ?

席に着いた瞬間、私に話しかけてくれたのは同じユニフォームを来た妙齢のご婦人だった。

嵐の中一人入ってきた私の事を心配してくれたらしい。

スタジアムで赤の他人に、あいさつ以外の事で声をかけられたのは初めてだった。

「そうですね…でも、大丈夫ですよ。その寒さを吹き飛ばすような熱い試合を見せてくれると思うんで。

笑って帰りましょう!!!!」

アウェイのチャント「笑って帰ろう」の歌詞に引っかけた言葉だ。

うまい事を言ったつもりかよと、今思い返せば恥ずかしいが、それだけ勝利に対して強い気持ちを持っていたと言う事だ。

ほどなくして、強い雨が降り続く中で、試合が始まった。

開始早々、GK柴崎と相手選手が激しい接触プレーにより倒れる。

柴崎はほどなく立ち上がってプレーを続けたが、相手の先週は一度はプレーを続けたものの、しばらくして負傷交代となった。

序盤からこの試合は死闘になるかもな。そんな予感がした。

横浜FCの強力なイバ、レアンドロドミンゲスという2外国人を相手に、冷たい雨が降る厳しいコンディションの中、必死にヴェルディの選手は攻守に走り続け、前半はスコアレスで折り返す。

後半も一進一退の攻防が続いた。

先に横浜FCが先制点を奪う。

目の前が真っ暗になったが、ここまで厳しいコンディションで全員声を出し、先週も必死に走っているのだ。

絶対にこのまま終わるわけにはいかない。

必死にヴェルディは全員が横浜FCのさらなる攻撃をはね返し、チャンスを作った。

そしてついにその思いが通じ、途中投入された、今季調子を落とし、スタメンから外れていた高木善朗の渾身のシュートが横浜FCのゴールに吸い込まれ、同点に追いつく。

歓喜に包まれるゴール裏。

もう1点ー。ヴェルディの戦士は必死に走り、自分たちも最後まで必死に叫び続けたが、あと一歩届かなかった。

試合は1-1の引き分けに終わった。

やりきれない思いだった。

だが、今自分がするべきことはなんだろうかと考えた。

ブーイングをするべきか。

違う。この空気をよどませても選手たちの力にはならない。

拍手をするべきか。

それも違うだろう。勝つことが出来なかったのだから。

この三ツ沢はピッチとの距離が近い。

今自分の言う声は、ダイレクトに選手に伝わる。

味スタは大好きだけど、あの広大なスタジアムでは、自分の声は思うように先週には届かない。

今のヴェルディに何か言うなら、今しかないんだ。

私は、ゴール裏にやってきたヴェルディのイレブンに思い切り叫んだ。

「胸張って、いいんだぞ!!!」

「この勝ち点1は無駄じゃないから!必死に戦って、それで勝ち取った勝ち点なんだよ!

必ず、この勝ち点が必要だったと、そう思える時が来るから!」

「俺たちはついていくからな!残り10試合、全力でやりきろうぜ!」

選手で上から目線でこんな事を言うなんて、愚かだと思っていた。

自分たちはプロではなく、単に見ている側の人間だから、偉そうに何かを言う資格はないと思っていた。

でもこの瞬間、理解した。

サポーターの立場でしか言えない言葉がある。

立場なんて、関係ない。

思っていることははっきりと、声に出して言うべきだ。

今まで何度かスタジアムに足を運んではいたけど、一緒に戦っているという事を心の底では体感出来なかった。

「サポーターとはこうあるべき」

「サポーターとはこうであってはならない」

そういう選民思想的な考え方は、好きではない。

それぞれ理由があって、スタジアムに足を運び、いつの間にかサポーターと呼ばれている。

ほとんどの人がそうだと思う。

でも、一人ひとりの中に、ユーザーでもなくファンでもなく、サポーターとして、一歩を踏み出す何かのきっかけは必ずあると思う。

心からこのチームを支えたいと思う心を口に出したあの日こそ、

私にとっての「サポーターになった日」だと思う。