2016年から在籍9年目のチーム最古参、浮き沈みの激しい時代を過ごしたいぶし銀のDFが夏でチームを去ることになりました。
2016年、法政大から新卒加入し3年間を過ごした町田ゼルビアからユース時代以来の復帰を果たした彼。レギュラー福井の退団もあり層が薄くなっていたCBのレギュラー候補としての加入でした。
最初の1年はチーム自体の不調や、自信初となるJ2のプレースピードへの適合に苦労したのか頼りない面が目立ったものの、着実に出場機会を増やして後半戦からレギュラーとなり、翌年から始まったロティーナ体制ではCBの定位置としてなくてはならない存在に。
安定感が増したことで空中戦の強さや左足のロングフィードなど彼独自の持ち味も発揮できるようになり、ヴェルディの守備ラインの不動の存在として、贔屓目もあるでしょうがJ2でも屈指のセンターバックとなっていきました。
20年にはキャプテンに任命され、コロナ禍による過去で例のない過密日程の中、ほぼフル出場に近い稼働でチームを支えてくれたことは今でも記憶に新しく感じます。
しかしその無理がたたってしまったのか、翌年からは故障離脱が多くなり、翌年はCBにコンバートされた若狭と新加入のボニ、22年にはルーキーのヒロトにポジションを譲ることとなりました。
それでも23年にはCBの故障者が続出する中夏場には山越や千田とのコンビでリーグ最少失点の堅守の立役者となり、終盤ヒロトと林が復帰してからもSBのジョーカーに挑戦しそつなくこなすなど、まだまだその実力は健在で、J1昇格を果たした今季、チーム最年長としてついに初めてのJ1の舞台にたどり着きました。
しかし、より選手に対する見方がシビアとなるJ1では昨シーズンに続きヒロトと尚輝が継続起用され、千田の成長もあってメンバー入りもままならない状況に。
そんな中でもルヴァンカップやソシエダ戦に出場したのち、リーグ戦の札幌戦、試合終盤のわずかな時間ではあったものの、ついにJ1デビューを果たした時には、込み上げるものがありました。
今回の移籍について、今CBの人数が充足しているとは言い切れない状況だし、若いチームにあってチームを引っ張る兄貴分として、まだ彼にはいてほしかった。
でも、プロである以上はやはり試合に出れる環境にいたいという思いもあったのでしょう。
現在J3では大宮がほぼ独走に近い強さで首位を快走していますが、2位以下は混戦でどのチームがJ2に昇格しても不思議ではない状態。
その他J3チームにもレンタル選手やサポの友人がいるため、金沢さんに対して強く肩入れすることははばかられますが、彼が必要とされた環境で輝き、いつの日かどんな形でもいいから、笑って再会出来ることを願ってやみません。
緑の壁、ヴェルディの背番号5番、平智広に幸あれ。