我々の生活は公共サービスによって成り立っている。例えば医療や介護、交通に電気・ガス・水道と、それこそ数え上げればキリがないだろう。皆さんは考えたことがあるだろうか。それらが突如として打ち切られたら、一体我々はどうなるのであろうか。
さて、俺の好物の1つが焼き鳥である。週末になると自宅のすぐ近くまで、キッチンカーが焼き鳥の移動販売に来ていた。それを買い込んで家で晩酌するのが、俺のささやかな楽しみであった。しかしある時から、キッチンカーがパッタリと姿を見せなくなったのだ。恐らくそこでは売り上げが伸びなかったため、釣り場を変えたのだろう。俺にはそれが非常に残念でならない。
そしてふと思ったのだ。もしこれが焼き鳥屋ではなく、病院だったらどうなるかと。決してあり得ない話ではないだろう。仮に日本人の所得が減って国や市町村が十分な税収を得られなくなったら、病院に然るべき資金援助が出来なくなる。そうなれば、病院にはシビアな利潤追求が求められるようになる。その場合、収益性の低い過疎地域は容赦なく切り捨てられるだろう。それは我々にとって、まさに文字通りの死活問題である。
たとえ焼き鳥が食べられなくても、俺の生命や健康が脅かされることはない。しかしもしも公共サービスが打ち切られてしまったら、我々はどうやって生きていけば良いのだろうか。