【妄想劇場】 ”希望”と”真実” | まきしま日記~イルカは空想家~

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ちゃんと自分にお疲れさま。

その朝も、彼はスクーターで通勤していた。

その日はやや遅刻気味であった。
彼もいささか慌てていたのだろう。

T字路から右折、そして彼が最後に目にしたのは、
対向車線から迫り来る巨大なトラックだった。

「あっ――!!」





目をさました彼が最初に目にしたのは”光”、
他に形容のしようがないものであった。

ただただ真っ白い空間。
明るい光に満ちているが、何一つなくどこまでも広がる空間。

そして彼の前には、仕立ての良いスーツを来た、
老紳士風の男が立っていた。

「あの…ここは一体…?」
「……」

「あなたは…あなたは一体誰なのですか?」
「私は”選択を与える者”です」

「選択…?選択って一体何ですか?」
「……」

「私は…そうだ、覚えているぞ!
私はトラックと正面衝突したんだ!」
「……」

「私は生きているのですか!?それとも死んでいるのですか!?」
「……」

「私は…私は今死ぬ訳にはいかないんです!!」
「……」

「私には結婚したばかりの妻と、3歳になる娘と…
私が今死ぬ訳にはいかないんです!!」
「……」

「ねえ、あなた、何かご存知なら言ってください!!
私は生きているんですか!?死んでいるんですか!?」
「……」

「何か答えてください!」
「…では、あなたに最後の選択を与えます」

「選択…?」
「あなたは”希望”を望みますか?
それとも”真実”を望みますか?」

「…”希望”と”真実”…」
「……」

「……」
「……」

「私は…私は”希望”を望みます」
「分かりました。ではあなたに”希望”を与えます――」





「パパが目を覚ました!」
彼の目に最初に飛び込んできたのは、
満面の笑みを浮かべた娘の顔だった。

ここは…病院…?
俺は運ばれたのか…?

「あなた、一週間も目を覚まさなかったのよ」
妻は涙目でそう言った。

「ご安心ください。もう峠は越えた、大丈夫です」
付き添っていた医師も声を弾ませた。

「そうか、これが”希望”か!
俺は生きている!生きているんだ!!」





霊安室で彼は眠っている。

彼も本当は”真実”を悟っていた。
自分がすでに死んでしまったことを。