すごく久々のブログになってしまった。

日常は色々ありつつも、喧嘩にさえならなければ、比較的穏やかな日常を過ごしている。

夫のペースに物事が進んでいても、私がその波に乗れている時は、私自身にプラスになることも多いし、感謝することもたくさんある。

 

とにかく「一緒に」何かができないだけ。

お正月の準備も、来客が来る時の対応も、夫に任せられるのは、ありがたいことなのかもしれない。

 

でもそこにひとつ私の意見(ダメ出しとも言う 笑)を言おうものなら、こじれていく。

 

一例をあげたら、連休の中日に遊びに久々に一緒に出かける計画をした。

夫は連休の中日は混むし、朝早く家を出たいと主張した。

もちろん、それがいいのはわかっている。

でも我が家にはワンコがいるし、末っ子は一緒に行かないとのことで、朝早くから夜遅くまで家を空けるのは不安もあった私は、朝早く行くことを反対したことで、雲行きが怪しくなってしまった。

 

おでかけとはそんなに完璧にことが進まないといけないのだろうか?

大事なことは、状況に応じてできる範囲で楽しもうとする気持ちなのでは…と思うのが私の意見。

 

どっちがいい、悪いと言うのは正直どうでもよくて、どっちも悪くないと思う。

でもこうやって私が意見をしてしまって、雲行きが怪しくなってしまったあとのやりとりが、もう収集つかなくなってしまう。

 

私が言ってないことを言ったと言い出す。

「それは言ってない」と私が反論する。

「じゃあ俺が言ってないことを勘違いしたって言うのか。それならリビングに常にカメラを設置しておいて、検証すべきだ」と言い出す。

 

カメラって…

私も100%じゃないから、もしかしたら無意識に言ったのかもしれない。

でも気持ちがそう思ってないから言うはずないよなーと思ったりもする。

正直、どちらが正しいのかはわからない。

私は「もしかしたら言っちゃったのかな?でも私自身はそう思ってないよ」…と言える会話の余裕が欲しい。

 

夫からは「言ってないことをこちらがそう思い込んじゃったのかもしれないね」と譲歩する余裕があってもいいんじゃないかと思う。

 

でもそれは絶対無理で、リビングにカメラをおいて検証しようと言い出す。

割と毎回。

 

ここまできたら、本当にカメラをおいた方がいいのか…とも思ってしまう。

なんだろ?私はそういうことを言いたいんじゃないんだけどな…ってことが多すぎて、でもうまく言葉では言えなくて、この時も消化不良で終了。

 

大事なのは言った言わないを検証することではなくて、お互いの意見を上手に取り入れて何か行動することなんだけど、

「一緒に」ができない我が家の夫婦関係では、それは難しい。

結局、夫のペースに飲まれている時が1番平和なのだ。

私は小さな不満と孤独が積み重なっていく…

 

結婚して間もない頃、些細なことで喧嘩になった。

喧嘩になることは、どの夫婦にもよくあることだと思うけれど、

うちはとにかく会話が成立しない。

 

大概、私の方から気に入らないことや、やめてほしいこと、改善してほしいことを伝えることによって、我が家のケンカは勃発する。

なんでいつもこうなるんだろう?と良く考えるんだけど、それはいつも夫のペースに少なからず合わせている私がいるから、些細な不満が残るのだと思う。

多くは「やってもらったから、まあいいか」で済むのだけれど、時々「こうしてほしい」「このタイミングはやめてほしい」など思う時があり、どうしても言いたくなる時がある。

 

夫は私から指摘されることや、ダメ出しされることが嫌いだ。

私はそんなつもりはなくて、「希望」を伝えているつもりだけれど、それが夫からしたら「指摘」に感じてしまうようだ。

だから余計に機嫌が悪くなる。

 

私 「〜してほしい」

夫 「…やったでしょ」

私 「〇〇やってくれたのは嬉しいけど、今度は〜なやり方でやってほしい」

夫 「前に〇〇(私のこと)だって、△△できなかったじゃん!」

 

わかりにくいかもしれないけれど、私から発信した夫への希望が、受け入れられずに夫から私への文句になることがよくある。

私からしてみれば、文句ある時に言えばいいじゃん!って思う。

私が伝えた時に、そこにフォーカスを当てないで、私の方ができてない…という方に話を持っていく。

それでモヤモヤが残っていくのが常。

頑張って食い下がることもあるけれど、どんどんおかしな方向に話はいってしまう。

決して夫から「じゃあ〇〇してみるね」「〜はごめんね」とはならない。

 

ある日、あまりにも消化不良で、言いたいことも伝わらず、キーってなってしまって、

家出したことがある。

と言っても、帰る実家もないし、行き先はない。

ひたすら外をうろうろ。

 

当時、携帯電話はあったから、連絡は取れたはず。

でも連絡はなし。

 

あまりにもやることなくて、夫が探している感じもなかったので、仕方なく家に帰った。

そしたら夫は寝ていた…

 

次の日、心配じゃなかったの??って聞いた。

心配だけど、勝手に出て言ったんでしょ?と言われた。

普通、心配だったら探さない?って聞いてみたら、探して欲しかったら探してって言えばいいじゃん…との答え。

 

夫の言葉は間違っていない。むしろ正論。

…でも私の孤独感は増していく…

私が悪いんだ、私が間違っているんだ…と思うことで、次に進むクセみたいなものが自然についていったと思う。

私の夫はとにかく「いい人」だと思う。

人のために自分の力を惜しみなく注ぐことができるし、基本的に間違ったことはしない。

 

ただし力の注ぎ方はあくまでも自分のペースで。

自分の思いついたように。

 

それでも感謝してくれる人、ありがたいと思う人がオールオッケー!

実際にいろんな場面で、うちの夫は活躍してきたと思う。

 

私ももちろん助けられてきたことはたくさんある。

でも私はいつも夫のペースで助けてもらうことに、少々の違和感を感じていた。

 

本当は私もやりたいのに、やってくれるから感謝しないといけない。

周囲は夫「いいご主人だね」というけれど、夫のペースに乗っからないといけない私の小さなプライドは捨てないとうまくいかない。

夫はいいご主人、私はいいご主人を持った妻…この図式はいつまで続くのだろう?

 

私の性格にも問題はあって、私はきっと男性的な性格なんだと思う。

自分でできることは自分でしたらいいとどこかで思っている。

 

夫にとっても私のような妻はもしかしたらめんどくさいんだろうなとも思う。

夫のやってくれることに対して「ありがとう」と依存心を持って言ってくれる人が一番うまくいくと思うから。

 

でも何かをするときに、話し合いながら作り上げていくこと…私はそれがしたかった。

生活の中での幸せを増やすために、話をしながらあーだこーだいうこと…それは当たり前のことと思っていた。

 

でも夫はそれができない人だった。

それに気づいたのはごく最近。

ずっとどうして?なんで話してもわからない??とモヤモヤが続いていた。

 

喧嘩になっても、夫は私の予想する反応のはるか上の返答をしてきた。

その都度私は消化不良になる。

話し合いをしても、脱線しすぎて、最後は私はどうでも良くなる。

その都度、ストレスが溜まる。

 

カサンドラかもしれないと感じた時、目の前の霧がパーっと晴れた気がした。

私が感じる孤独感、モヤモヤは間違っていなかったんだと。