認知症寝たきりの母が

先月13日の夜に息を引き取った

 

数時間してから死亡確認するから

日付変わって死亡日は14日の

午前0時33分になる

 

あれから1カ月経過したんだね。

日に日に痙攣の回数が増えていって

身体中で息を吸うような仕草になって

ふっと…その仕草がなくなり

あ、息吸わなくなった

って思ったんだ。

 

ごめんね、苦しかったね

呼吸止まっちゃったかな?

でも痙攣も止まったんだね

 

って話しかけた。

それで寝ていた相方さんを

起こして…

 

呼吸止まったからクリニックに

連絡するねって。

 

忘れた頃に1度大きく息吸ったけど

それを最後に動かなくなった

首に触れると脈はちょっとだけ

弱弱しく…あるのかな。

でもここから回復はありえないだろう。

 

当直医は2時間後に来るって。

そんなに待たなきゃいけないんだ。

そりゃ蘇生させるつもりはないし

むしろ死亡確認には直後って

わけにいかないだろうけど…

 

パルスオキシメーターを付けると

かすかに脈はある…ように見える

聴診器持ってたのにこの時は

すっかり忘れてたな…

でも何の音もしないのを聴く方が

辛かったかもしれないから

忘れてて正解だったかも

 

あの日は朝からずっとずっと看ていた

きっとこんなに痙攣し続けてたら

酸素は全然入ってないしきっと

もうすぐ力尽きるんだろうって

感じながら

 

息をしなくなって

首に指を当てても

脈は感じなくなり

一切動かない

 

そうか。

いつかはこの時がくるって

覚悟してたけど今なのか

とうとうきたんだね

でも看取れたんだ

本当の最期まで

ずっと一緒にいた

ずっと触れていた

 

当直医が来るまで時々触れてたけど

だんだん冷たくなってきてさ

まだまだ柔らかいし手も握れるし

顔つきはただ眠ってるだけみたいに

見えるけど…

 

やっぱり手を持ち上げた時の

脱力状態はちょっと違う。

本当に全て切れててどこも

もう繋がってないんだな

っていう今までと違う重さを感じた

 

どんどん冷たくなって

顔色悪くなっていっちゃった

でも眉間のシワなくなったかな

 

父親の遺骨に報告したよ

お待たせしちゃったね

やっと一緒になれたよ

寂しかったでしょう

ちゃんと会えるかな

それとももう転生しちゃったかな

なんてね。

 

そんなこんなで当直医が来て

経緯を簡単に説明して。

死亡確認してもらった

別に解剖なんか要らないから

死因は老衰で。

 

痙攣の原因自体は脳梗塞の後遺症に

栄養素の不足とか認知症とか色々な

要因が重なっての脳の異常信号だろうから

直接これっていう死因ないんじゃない?

 

別に今となっては死因なんていいや。

事故でも誰のミスでもないんだから

母が力尽きちゃっただけだもん。

 

もう葬儀屋さん呼んでもいいって

ことだったから電話したら

30分くらいで到着。

 

ドライアイス設置してご遺体は

翌日迎えに来てくれるんだって。

 

で、葬儀屋さんの大慌て…

すみませんっ管は抜けません!!

 

あぁ。そういえば経管栄養の管が

鼻から胃に入ってたし。

バルーンカテーテルもあったんだ。

 

私も1度も抜いたことなんかないけど

医師や看護士がやるところを何度も

見てたから大丈夫。抜くのは簡単。

 

どちらも抜いてテープも剥がして

きれいに顔拭いて…

オムツもきれいだった。

そういえば尿もほとんど

出てなかったもんね

臓器は機能停止してたんだね

 

やっぱり長生きできるものなら

いつまででも生きてて欲しかったけど

寝たきりでは辛かっただろうな

私だって年取っていくんだし

ちょっと毎日にストレスを感じてた頃

だったからあの状態でまだ続いてたら

どうなってるかわかんなかったし

 

暑すぎず寒すぎず…

桜が散り終わりそうな季節

天寿を全うしたね

 

1カ月経過してもやっぱり

私に後悔はない

そりゃ残念だし寂しくないとは

言えないけど…後悔はしてない

 

やれるだけのことはやったし

何より父亡き後、10年余り

普通の親子よりも長時間そばにいて

一緒の時間を過ごしてきたから

思い出もいっぱい

 

これから自分の余生を楽しんで

生きていけるほど両親への想いが

いっぱいいっぱい残ってる

 

父も母も最期を看取り

両親に対する親孝行と

娘の役割を全て終了した日

 

1カ月経過して…

すべての肩の荷は下りた

これからの時間は自分の為だけに

使って生きていけるんだ

改めて遺骨に手を合わせる