あなたと恩師との思い出教えて
小学校5~6年生の時の担任の男の先生
正直言って見た目は+20歳くらいだし
頭薄くて目が細くて短足で小太りで
背も高くないし・・・おっさんだった。
でもものすごく几帳面で字がきれいで
真面目で良い先生だった。
中学になって引っ越したら先生と
同じ団地に住んでることが分かって。
奥さんが出産で実家に行ってるから
先生一人暮らしって聞いて母と二人で
家を訪ねて行って・・・米研いで
ご飯炊いて喜ばれたってゆー。
どーゆー経緯だったんだか。
で、なんでか知らんがその後も
母と一緒に先生の家に遊びに行って・・・
幼稚園の先生だった奥さんがいて
まだ歩いてなかったかなー男の子が
いて・・・何の話したのかなー
子供を膝にのせて先生の家のピアノを
弾いたことだけは覚えてる。
それで要らなくなった楽譜を何冊か
もらって帰ってきた・・・
卒業してからも交流があったんだなー
ピアノ苦手なのに一年生の担任に
なっちゃって音楽の時にオルガンが
弾けなくて困るからって私が音楽室に
出向いて何曲か弾いて録音した、とか。
合奏でぜひやりたい曲があるんだけど
楽譜がないってことで私が耳コピして
楽譜作成した、とか。某アニメ曲だったな。
その後先生は引っ越して他区で
校長先生やったりしたらしい
年賀状はずっと今でも続いてる。
私も引っ越して近年車椅子の母を
あちこち散歩に連れ回してるうちに
先生の引っ越し先が友達の家の近所って
わかって・・・いつかお邪魔しようと思ってたり。
親の介護大変だなーって思ってる時に
親孝行が出来てうらやましいって
言ったのもその先生だった。
たいていの人は大変だねとか
頑張ってね、とか励ましてくれたんだけど
その先生だけが親孝行って言ったんだ。
そこで初めて親の介護するって
親孝行するってことなのかーって気付いて。
孝行したい時に親はいないってよく聞くから
そっかー。親孝行できるのは幸せなんだな、
って思うようになったんだよね。
そしたら介護自体は苦ではなくなったね。
おかげで子育てのように当たり前になって。
まだまだ先生に教わることあるんだなーって。
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