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と或る薬剤師の諧謔詩-an alcoholic capriccio-

自転車による日本一周をしながら、全国の秘湯や世界遺産を訪ねます。毎日飲むものは薬と酒。まだ見ぬ何かがそこにはある!

あれから2ヶ月が経過しているが、あのときの記憶は今でも鮮明に、強烈に、脳裏に焼き付いている。本気で死を覚悟した、長い1日だった。







大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)

奈良吉野山から和歌山熊野三山を結び、大峯山など75の靡(なびき、修行の場)を縦走する修験の道。世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道 については後で述べるが、数ある修験道の中で最も険しいルートがこの大峯奥駈道。




八経ヶ岳(はっきょうがたけ)

標高1915m、近畿地方最高峰。別名八剣山、仏教ヶ岳。

東西に走るR309を挟んだ北側の山上ヶ岳と合わせた一帯は大峯山として日本百名山に指定されている。




登山ルートは大きく3つ。

標高600mの天川役場付近から尾根沿いに登って行く天川川合コース

R309で少し上がった熊渡(くまんど)から弥山川(みせんがわ)に沿って登る双門コース

R309で標高1100mまで上がって行者還(ぎょうじゃがえり)トンネル登山口から進む短時間コース




一番人気は簡単な行者還コース。ただしネット情報のほとんどが夏季を前提として話が勧められている。冬の情報は少ない。前日に役場にて聞いた話とあわせるとこんなかんじだ。

まず、R309は冬季通行止めのため熊渡より先はゲートが閉じていて車両は進めない。それでも行きたいならゲート付近に車をデポしてゲートをよじのぼってそこから徒歩で10km先の行者還トンネルまで歩いていく必要がある→せっかく登山にきたのに、往復20kmのコンクリートは耐えられない。

天川川合コースはテント場のすぐ近くに登山口があるからチャリを役場においていけるが、とにかく長い。冬は間違いなく1泊必要になるだろう。

双門コースは渡渉(沢登り)要素が強く、鎖やハシゴが連続するバリエーションルート(一般の平易なルートに対して薮漕ぎや岩登りが必要なルート)なのだが、国内最難関のバリエーションルートと言われている、ジャンダルム登頂に成功しているので過剰な気負いはなかった。そしてなにより、日本の滝百選のうち最も見るのが難しいとされる双門大滝をこの眼で見て写真に収めたかった。


しかし、冬季の双門コースは登山客がほとんどいないので足跡が少なくルートファインディングが難しい、さらにアイスクライミングも必要であり、結果的には夏季ジャンダルムを遥かに凌ぐ難易度になるとは、まだ知る由もなかった、、、つまり甘かった







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6時すぎに起きても外は真っ暗だったが、お湯を沸かしてコーヒーを飲み、洗顔してテントを仕舞うと薄明かりの空になってきた。

R309を5kmほど登ると熊渡登山口があるのだが、一度見逃してしまい時間をロスしてしまった。パンを3切れほど頬張り、橋の下の沢で水を汲んだら出発だ。


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8時前、少し遅いが登山開始。毎度のことだが登山口に着いた時点で汗だくなのはチャリ登山の宿命だ。看板の警告を見て思わず二の足を踏んだが、動き出した歯車を止める事はできなかった。登山届を出してボロボロの林道を進んでいく




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魔のスクランブル交差点


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左、真ん中、さらに写真にはないが右後方にも道がある。この分岐点は地図に載ってなかったので悩んだ。

真ん中の道を20分ほど進むと開けた林に出た。そして写真手前のリボンを最後に次が見つからず立ち往生してしまった。


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しばらく探してもリボンは見つからず、伐採業者の看板が立てかけられたこともあって、ここは登山道ではないのだと判断、先ほどの分岐点まで戻って左に進む事にした。どうやら左が正解だったようだ。そんな訳で時間のロスはあったものの、これで間違いを修正して当初の予定通り双門コースに入っていった。

だが、もしあの開けた林でリボンを見つけられていたとしたら、死の双門コースへ入ることなく笑顔でピークハント出来ていたのだ。つまり、真ん中の道は行き止まりではなく天川川合コースに合流する裏ルートだったのだ…






一度助かる道を見せておいて引き返すとはつくづく愚の骨頂…神はそのまま左のコースへ進ませることもできた。あえてそれをしないで俺に選ぶ権利を与えた。これが隙でなくてなんだ! 明らかなゆるみ! あの時もっと考えればよかった! なのに、あのとき俺は・・・・・あろう事か、祈ってしまった! 何も考えずに! 神頼み、リボンよあってくれ、俺を助けてくれと!山では自分以外頼る者などないと心にしみて知っていたはずなのに!






カイジの言葉を借りるなら、まさにその通りである。なにかを達成させる場合にリスクはつきまとう。そこで思案し熟考し、そのリスクの確率を下げ、極限まで成功の確率を高めるのが大成する人間だ。逆にリスクと向かい合った時に思考をやめ、運否天賦に身を任せた時点で自力で引き出せる最高の勝率を放棄することになる…


あそこまでリボンが続いていたのだからもっと丹念に探す必要があった。リボンさえ見つかればそのまま先へ進めた。今回は、いつものどうにかなる、運否天賦ではどうにかならなかった。











左の道を進むと八丁河原という広い河川敷に出た。この辺りは弥山川が完全に伏流水と化しており、方向の定まらないだだっ広い川原砂利を不安気に進む。

しばらくいくと弥山川が地表に現れ、川原砂利は石から岩へと大きくなり徐々に渓谷の様相を見せてきた。ここが双門峡である。ここから沢登りの雰囲気が現れ始め、右岸から左岸、またその逆へと渡渉を繰り返していく。次第に渓谷は険しさを増し、ボロい鎖やハシゴを登っていくと、川から大分高い地点につく。そんな道をトラバース(横歩き)しては川まで下り、またハシゴを登るというのを幾度も繰り返した。


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急斜面の沢も連発して出てくるようになった。クサリがあれば難なく登れるだろうが、岩が光っている。水は早くも凍結しはじめていた。氷面での足場作りから、手を伸ばす順序、次に休める岩の見定めまで、沢登りの難易度が1段階も2段階も昇華する。

足に装着している簡易アイゼンも心細い。爪がひっかからない状態で凍り付いた高所を歩くのは、ブレーキのないF1カーのようなものだ。F1カー乗ったことないけど。


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そんな訳で、このあたりはアトラクションのオンパレードだ。

でっかい岩の腹に10cm程打ち込まれた杭の上をカニ歩きしたり、10m以上の垂直ハシゴが連発、ふと後ろを見返すと100mはありそうな崖だったりする。腕がしびれてくる。脚力には弱音を吐くまいが、腕力は想像以上に酷使され腕を挙げることすら苦しくなる。

全部でハシゴは32コあるらしい。ハシゴの手すりが濡れていたり凍りついている。心臓バクバク。



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ハシゴをひーこら登りながら、落ちないようにそおっと後ろを振り向くと、、、、







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めっちゃたけーーー!

そして怖すぎる!!

ハシゴを握る腕は何があっても力を抜けない!

谷底からここまで登ってきたのが分かって爽快でもあるんだけどね、いかんせん僕は高所恐怖症なのだ。










そうやって標高を稼いで行くと、切り立った絶壁の上にある仙人嵓(せんにんぐら)テラスに出た。そこからは日本最後の秘瀑が遠望できた。


双門大滝


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落差80mの猛瀑は、これだけの遠距離でも凄まじい轟音を立てている。そしてなにより、右対岸にある高さ300mの断崖絶壁、仙人嵓は見ているだけで命を落としそうになる…

このルートは登り専用だ。腕力を酷使する垂直のハシゴの背後は400m以上の谷底になってて、なおかつハシゴの手すりもツルツル滑る。岩だって濡れてつるっつるしてたり丸岩だから手をかけられなかったり…ひっきりなしに襲ってくる強烈な恐怖心は北アルプスにさえ匹敵すると思う。下るなと言われなくても下りられません。


双門大滝までは夏でも4~5時間かかるらしく、噂に違わぬ最難関の名瀑だと思う。自分のタイムを計算してみたが、最初の道迷いで1時間ロスしたり、凍結した沢で数mの滑落を2回起こしたが、それでも3時間で来れたことは素直に嬉しい。





しかし、夏は登山口からこの滝までが難しいところだが、冬はこの先にこそ核心部があった。










仙人嵓(せんにんぐら)テラスから一旦高度を下げ、双門大滝の左側を巻いていくと滝の裏側に辿り着くのだが、雪の量が一気に増えた。クサリが雪にめり込んで使えなくなるヶ所もちらほら出てきた。

高所との恐怖心に打ち勝ったと思いきや、今度は雪と氷との戦いだ。




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この先イヤな予感しかしない…その前に、この辺りで一度腹ごしらえだ。といってもゆっくり腰を休める場所がないのでハシゴの上でやりくりする。


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お腹を満たしてもあまり体は休まらなかったが、時間的には十分余裕があったので、あと2時間ほどで沢登りが終わって避難小屋のあるポイントに着けるはず。大体そんな風に思っていた。とんでもない甘い考えだった。





そこからは川の渡渉をひたすら繰り返しながら遡上していくのだが、川の水量は増え両岸には雪の壁がそそり立つ。


気づけば雪の深さは1mを超え、パウダー状のふかふか雪はズボズボとハマる。グローブで掻き分けながら進むと川に落ちた。知らないうちに雪庇(せっぴ、岩から空中へ水平にせり立った雪)を踏み抜いていたのだ。激流に下半身が浸かった。死にそうになった。

それから渡渉がとても難しくなった。いままでは渡渉ポイントでは毎回リボンが対岸に移動しているので分かりやすかったが、リボンすら雪に隠れてしまっていた。

どうにもならなかった。最終的には、雪の上を一歩ずつ、固い雪かどうか確認しながら進んでいった。そうして岩が川にせり出したところで、小石伝いに反対側の岸に渡っていった。当然何度も川に落ちた。そのうち、足の指先は冷たさでマヒしてきた


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100m進むのに10分も20分もかかった。

空は恐ろしいスピードで暗色を呈してきた。

戦慄が走った。まさか、こんなところで夜になったら、、、、





15時

地図にはない迂回路の看板が現れたがあまり期待できなかった。このあたりには河合小屋という避難小屋があったのだが、1年前に土砂崩れで小屋が潰れているとの情報を聞いていたからだ。必死にエスケープルートを探したが、案の定道は寸断されていた


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この写真を最後に、カメラをしまった。予定ではもうとっくに小屋に到着している時間だった。心臓が凄まじい速さで鼓を打っている。ここで闇夜を迎えるなんて絶対いやだ、、、、全身の筋肉が悲鳴をあげていたが休むことはできない。1時間たっても大して変わらない景色に愕然とする。まずい、まずい、まずい、、、、、

そして

日が暮れた

暗黒の世界に、たった一人ヘッドライトをつけて歩く人間。己の無力さ、ひ弱さにひれ伏した。一切のトレース(足跡)がなかったにもかかわらず何度も助けを求めて叫んだ。返ってくるのは水の音。

念のため電池を新調しておいた、ヘッドライトの明かりが最後の生命線だ。これが消えたら動きたくても動けなくなる。体感温度で-5℃もあるか怪しい。ここで一夜を過ごしたらたぶん助からない。悲鳴とも喘ぎともとれる吐息をもらしながら再び歩を進めた。リボンが岸の上の方へ続き、再び鎖場が現れた。もはやこの辺りまでくると道などは存在せず、枯れ木を掻き分け雪の上を這いつくばって進んでいった。

クサリの先を眼で追っていくと垂直の氷壁の中にめり込んでいた。絶句した。向こう側の取りつきまでは2mちかくある。氷壁の下を見ても明かりが届かない。すぐ横には滝があるらしく、轟音で耳が張り裂けそうになる。落ちたら滝壺に沈むか岩にぶつかるし、助かっても骨は折れるし全身ずぶぬれになってしまう。雪の壁にしがみつきながら、嗚咽をもらした。

恐怖と絶望感で精神が崩壊していった。ここで死ぬのか。頭の中には今まであった楽しいこと、つらかったことが浮かんできた。旅を応援してくれている先輩、友人、家族の顔も次々と浮かび上がってくる。そうか、これが走馬灯なんだ。おれ死んじゃうのかなあ。楽しかったなあ。。。。

ここまで究極の状態に追いつめられたのはもちろん生まれて初めてだったが、恐怖や混乱といった感情の次は悟りだった。いろんな人に心の中で感謝していた。後悔するなと背中を押してくれた。無事に帰ってくると約束もした。悔いのない生き方できてたかなあ。まだやりたいこと沢山あるんだけどなあ。まだ死ねないよなあ。。。。

目が覚めた。混沌の先に行き着いたのは、生きてここを出ること!冷静になろう。30分以上立ちすくんだ末、決断した。

先に進むにはここを越えるしかない。飛ぶしかない。成功する可能性を少しでもあげてリスクを減らして飛ぶ。この氷壁は下まで続いているが、見上げると10mくらい上に木が数本飛び出ていた。あそこだ。枯れ木を慎重に登っていって、氷壁から飛び出ている木に移った。不安定な足場だけどここならいける!着地点をしっかりと見据えながら向こう側の岩まで飛んだ。岩に当たった勢いで転げ落ちそうになったががしっと木を掴んで支えた。最大の難所を通過できた。

よっしゃああああ!!!

最後は巨岩にぶら下がった空中ハシゴを登っていく。 固定されていない空中ハシゴはかなりの握力を消費するが最後の力で登りきる。



そして、、、、




20時

狼平避難小屋 標高1600m


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小屋を見つけたとき、膝から崩れるように倒れ込んだ。なんとかして暖をとりたかったがライターなどの火器がない。その代わり小便がとっても暖かかった。びしょ濡れの下半身はほとんど動かず、足首から先は完全に感覚がなくなっていた。ぼろぼろにはなったが、今日1日を生き延びた。それだけで十分だった。

ぐっしょりと水分を吸ったパンに、これでもかとバターをつけて口に運んだ。こんなに美味しいパンは初めてだ。1斤まるごと食べてしまった。人生で最も生を実感した1日をかみしめながら涙した。





奈良県天川村 役場駐車場

八経ヶ岳 狼平避難小屋

走行距離12km
走行時間0:50
総走行距離11088km
総走行時間642:23

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