夫(アスペルガー)の両親への思い、理想と尊敬と軽蔑と不満の混沌。そして子どもとの関係を考える。 | 発達障害家族~幸せ満喫Happyライフ~

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アスペルガーの夫と自閉症スペクトラムの娘と家族3人、幸せ満喫の日々をつづります。



認知行動療法と、家族療法を受けている夫ですが

我が家での、夫とルイの関係性を考えたときに・・・

夫は、やはり、自分と両親の歴史が、ルイとの関係性に影響していたようだ、と言いました。



最近、夫はいろいろと、考えたこと、指摘されて気づいたことなどを私に話してきます。

私に話すということは、決着というか、問題は解決されたと本人がわりきれたということだと思っています。

夫の性格上、思索する時に他人(私)を交えると混乱するので、

一人静かに思索にふけるタイプだからです。



夫と夫のご両親の仲は、結婚してから随分と変わりました。

夫は高校で家を出たので、それ以降は親との交流が浅いというのもあったし

農家で大家族だったので、祖母が夫を育てたようなものだという事もあり

親と深く関わることが少なかったのが、そもそもの誤解の原因でした。



関わりが薄いからといって、子どもから親への期待や理想がないわけではないです。

夫は、数少ない、小さい頃からの親との会話を、克明に記憶しています。

数少ないからこそ、よく記憶していたのではないかな、とも思います。

そして、「親」というものへの期待と理想を持って見聞きしていたのだろうと思います。


その中で、0か100という極端思考な夫の特性からか

自分からコミュニケーションをとることがない受動型だからか

ご両親への評価は、かなり厳しく、期待した親像とずれた現実部分を

非常に手厳しく、長らく不満と軽蔑を持っていました(本人は自覚なし)。



夫の祖父母を介護したお義母さんが

「疲れた。もういい加減にしてほしい」とぼやいたり

「農業や介護の人生」に不満を漏らしたり

「子どもと共にいる時間をもっと持ちたかった」とつぶやいたり。


そういう面を、祖母に育てられた夫は祖母への攻撃ととらえて

「言葉そのものの意味」だけにとらわれ

母親の人格を疑い、

そういった言葉を発した親をまるごと軽蔑し。

けれど母親への理想像も捨てきれず、

それを見て見ないふりをし「一生懸命な母」と思い込もうとしたり。


疲れた母親が、父親に訴えかけるその場面を思い返しては

夫婦仲が悪い、お互いをけなし合っている、と思い込み。



私と結婚し、私がお義母さん、お義父さんと話をするようになって

とても良い関係のご夫婦で、多々の苦労を共に歩んできた良きパートナーだと

私が言いはじめたことで、夫はご両親の見方を少しずつ変えて

自分から、関わって話すようになりました。


話すようになって、両親もただの人間で

弱音を吐くときもある。

母親へは「十分すぎるほど十分に嫁として介護をした」という事実や

介護も終わり、農業は長男がメインに代替わりしたことで

お義母さんが旅行へ行ったりお友達と出かけることを、お義父さんが応援している

両親は、お互いの苦労を支え合ってきて、ねぎらい合っている、という事実を知って

「言葉ひとつにこだわって親をさげすむ」という自分の行動は

「親の本当の姿、事実を見ない」という歪んだ方向性を強めた、ということに気が付き

認知のしかたひとつで、こんなに本質のとらえ方が変わるのだ」という衝撃を受けたようです。



そして、今回受けているカウンセリングでは

そういった過去のいろいろと、

今現在の「お子さんとの関係性について考えてみましょう」という課題をもらい

自分なりに、ルイと自分の問題点や、やりにくさ、自分がルイにとってどういう父親か、などなど

いろいろ思索したようです。




夫が、ルイという子どもとの関係性で気づいたことは・・・

「都合よく、部分的な関わりに終始していたこと」

「親子として、トータルに継続的な関係を考えたことがなかったこと」など

自分の親との薄く、関わりの機会が少なかったその過去を

まるでなぞるように、自分で再現していた、ということでしょうか。

しかも、形式的な部分で。


農家ではなくサラリーマンであるのに、

大家族ではなく核家族であるのに

今までやってきたことは、親と自分の関係性の再現。

そこの限定的な親子関係で、自分は7年間を過ごしてきた。



ということのようです。

カウンセラーさんの手助けを受けながら、夫はこれからのルイとの長いスパンでの

「親子3人の家庭」という自分の新しい形の少人数の家族の中での、父親としての役割を

「過去の家族構成、過去の記憶、過去の形式」から抜き出て本当の意味で新しく生きていく。



ルイが、自分と同じ100か0かの見方をしていた場合

自分のように、認知の偏よりから事実を見ない子に育つかもしれないから

自分も、親として、きちんと考えや思いをルイに伝えていく。


そんな決意をしたようです。



目の輝きが、今までの中で、いちばん綺麗です。

澄んだ精神のようなものを感じます。

発達凸凹があっても、やり方によってこんな風に気づきとモチベーションがもてる。

人生でずっと必要としてきた、頭の中にある霧や靄からの脱出、突破ができる。

そうしみじみ、感じている夫に、よかったねぇ、と。

いま、彼は人生でいちばん、自分を生きているんじゃないでしょうか。




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