南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛
塾講師&家庭教師おへんら〜光陰です(`・ω・´)ゞ
3日目のコンビニバイトの研修を終え、帰ってきて、いいねまわりをして、ブログ書かなきゃと思っているうちに寝落ちしてしまった(^_^;)
もうヘトヘトなのさ┐(´д`)┌ヤレヤレ
目覚めたら、もうすぐ25時。仕方がないから今日も、秘技!時間巻き戻しの術!!でアップすることにする(^_^;)
お客さん相手にレジ打ちするようになって2日目。支払い方法もいっぱいあって、見せられるままにスマホのバーコードをスキャンして、自分でも何が何だかわからないうちに無事に打ち終えたかと思えば、上手くいかずアワアワしたりと、1人テンパっている┐(´д`)┌ヤレヤレ
もう、オイラのレジには現金払い限定の札を置いておこう😁
【お家でお遍路】
金倉寺から北上し、県道21号に出たあたりで
第77番道隆寺
開基は712年、領主和気道隆が薬師如来を刻み堂宇を建立したことで、その後、唐より帰国の弘法大師に道隆の子朝祐が師事し、大師自らが道隆の薬師像を胎内仏とした薬師如来を刻み本尊とした。その後、大師の弟・法光大師、甥・智証大師など名僧が代々の住職を務めた。
「眼なおし薬師さま」としても有名で、丸亀京極藩の京極左馬造公は幼少の頃盲目だったが、当寺の薬師如来に祈願すると全快したと言われ、全国から眼病平癒祈願の信者が集まるそうな。眼病が治った京極左馬造公は医学を学び、御典医となり、"眼下の達人"と言われたそうな。その京極左馬造公の墓所潜徳院殿堂があり、堂内には「目」と書かれた札がびっしりと張り巡らされているらしいが、ちと恐い(^_^;)
参道沿いから本堂脇、裏門にかけ、八十八ヶ所、西国三十三ヶ所など、全国の霊場ゆかりの観音像255体が祀られている。こちらは壮観やろなぁ。
道隆寺から南西に約4.6kmのところに四国別格二十霊場第18番札所海岸寺がある。海岸寺のある多度津の地は空海の母の氏族である阿刀氏の領域で、江戸時代までは海岸寺が空海誕生の寺とされていたが、論争の末、善通寺ということになったらしい。通婚という当時の風習を考えれば、オイラも海岸寺説が正しい気もするんやけどなぁ。ここも楽しみにしていたのにね┐(´д`)┌ヤレヤレ