南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛
塾講師&家庭教師おへんら〜光陰です(`・ω・´)ゞ
またも晩飯を喰らう前にうたた寝し、うたた寝が爆睡になり、死んだ親父殿とドライブする夢を見て、26時に目が覚めた(^_^;)
夢の中で、親父殿がバイトの紹介をしてくれて、なんだかんだ言いながら死んでからもオイラのことを心配してくれてるんやなと感動してたら、小言タイムに入り、ガキんちょのときのことをブツクサと言われてしまったわ(^_^;)
そんなこんなで、今回も秘技!時間巻き戻しの術で23時59分にアップする😁
さて、土曜日は朝イチで病院に行き、リハビリ。今日は月イチの診察も受けた。
病院の後、ちょいと遠足に行くことにした(^O^)
2週間ほど前、岩出市教育委員会のHさんにお誘いいただき、 根来の子守唄の原風景を眺めながら歩いた。その時に、
中央小学校の近くに平重盛の石塔がある
というお話を聞き、それ以来、行ってみたいと思っていたのだ。
平重盛は、平清盛の長男で、文武両道に優れた武将・公卿で、平家政権の理想的な後継者と目されていたが、父に先立ち病死してしまった。
父清盛は、後白河天皇を助けて保元の乱、平治の乱を勝ち抜き、太政大臣になって平氏政権を確立し、大輪田泊を修築して日宋貿易を゙進めた。厳島神社を深く信仰し、航海の安全と平家一門の繁栄を願い、現在の寝殿造りの社殿を造営し、平家納経を奉納するなど、その基礎を築いた。厳島神社は平家の氏神として隆盛を極め、瀬戸内海の制海権確立と日宋貿易の拠点としても戦略的に重要な場所となった。受験生は覚えておこうね👍️
ちなみに「平氏にあらずんば人にあらず」という有名な言葉は、清盛の義弟(嫁さんの弟)の平時忠の言葉。そこまで驕り高ぶった時忠だが、壇ノ浦の戦いでは三種の神器のひとつ、神鏡を持って源義経側に寝返るという最低な人間ぶりを発揮している。
それはさておき、
岩出市平重盛石塔
でググってみたけど、平重盛の石塔が登場するのは、
毘沙門寺の近くにあると言われているそうな。
まずは、岩出市今中41にある









毘沙門寺に。
山門がないどころか、寺号を示す表札もない。。。

本堂
ご本尊様がどなたかわからないので、南無大師遍照金剛と空海のご真言を唱えておいた。それとも、南無阿弥陀仏とか南無妙法蓮華経の方がよかったのだろうか(^_^;)
南無阿弥陀仏は、浄土宗を開いた法然が、誰でも唱えるだけで極楽浄土へ生まれ変わると説いた。南無妙法蓮華経は、日蓮が説いた法華経で、唱えれば、誰もが仏になれるというもの。 受験生は覚えておこうね👍️
境内に入ってすぐ

お地蔵様と石碑の集団が。

おんかかかびさんまえいそわか、と、地蔵菩薩のご真言を唱えておいた。
狭い境内を1周したが、お墓があるだけ。
境内に入ってすぐ右手に

こんな石塔が。。。
なんの説明もない(寺号すら掲げないお寺やからね😅)し、これがそうなら、毘沙門寺の近く、とは言わないだろう😅
探してみますか(^v^)
お寺の前には歴史臭漂う石碑があるが

ただの道路改修の記念碑だ。
探検開始!!
とママチャリを走らせた瞬間、前から可愛らしいお孫さんを連れた高齢の男性が歩いてきた。
尋ねてみると

毘沙門寺の向こうの森の中にあったらしいが、今もあるかはわからないそうな。
森に入る道を尋ねるも、行ったこともなく、そんな道があるかどうかもわからないそうな。
見えている森の姿を頼りに周りを走ると

公園の金網で仕切られていた。草ぼうぼうの公園に入り、金網の外から森を覗くも、それらしいものがない。
そこから北西に走ったところにも、もちっと森らしいところがあった。

ひょっとしてこっち?
こちらは田んぼや川に阻まれて、近づけない。森の中も足を踏み入れる隙もないくらい木が生えている。。。
もし平重盛の石塔があるとして、なんの案内もないし、道すらない。史跡としてはなんの価値もないところなのかな、、、と、断念したのであった😞
地元の方で何か情報をお持ちの方は、メッセージ、コメント、LINEで教えてくださいませませ(^O^)/

