中央日報 炎上するJAL機、機長が最後に降りた…379人の脱出まで18分。 | ランゴワンの地図

ランゴワンの地図

 2009年の8月、家の仏壇の引き出しから一枚の古地図を発見しました。地図の中央付近には、「ランゴワン」という地名が記してありネットで検索してみると、1942年1月11日、旧日本軍が初めて落下傘による降下作戦を行った、インドネシアの村の名前でした。

日本の国旗

 

 

中央日報日本語版 2024.01.05 06:45

 

 機長は「(すでに開かれた2つの脱出口を除く)残りの6つの脱出口のうち5つの脱出口には火の手が回り開けられなかった」とし「唯一開けられたのは客室の最後尾の左側の脱出口だけだった」と明らかにした。NHKは「乗客と乗務員379人の中で最後の1人である機長が脱出用スライドから降りて地上に足を着いたのが午後6時5分だった」として「機体が着陸して18分後だった」と当時の状況を伝えた。

 

 

 

 

  セウォル号の船長とは、大違いですね。

 

 

 

傾いた旅客船セウォル号から、セーターに下着姿で救助されるイ・ジュンソク船長