
ずーっと信じていていることがあって。
ずーっと実践している。
いつからかなぁ。
高校生くらいからかなぁ。
それは、「ありがとう」を言った数だけ幸せになれるってこと。
いつでも、どんなことにでもいいから、ってわけじゃないけれど。
ちょっとでも、私が嬉しい、楽しい、有難い、とかの感情になれたら、相手に「ありがとう」って言うようにしている。
例えば、飲食店でお水を持ってきてくれた店員さんに、「すみません」じゃなくて、必ず「ありがとう」と言う。
エレベーターで、ドアを開けておいてくれた人に、「すみません」じゃなくて、必ず「ありがとう」と言う。
あとはバスに乗っても降りるときは必ず運転手さんに「ありがとう」って言うし、コンビニでも「ありがとう」って言うし、宅配便の人にも言うし、病院の受付の人にも先生にも、もちろん家族にも。
まぁ当たり前といえば当たり前なんだけど。
でも人って当たり前と思っていても、意外に100%実践できているかというとそうではなくて。
だからいつも意識するようにしてる。
意識しているおかげで、人より「ありがとう」を言っている数はかなり多いと思う。
オットと付き合ってるとき、バスを降りるときにいつも「ありがとう」って言う私を見て、「何でありがとうなの?お金払って乗っているお客さんはこっちでしょー?」って言われた。
それを聞いて、そういう考え方もあるんだってびっくりした。
確かにお客さんはこっちだけど、でも安全に目的地まで送り届けてくれたんだからお礼を言うのが当然だろうと思って、珍しく私が論破して、以後オットにも言うよう指導した笑。
「ありがとう」って言われて嫌な気分なる人ってそうはいないと思うんだ。
言っている方も、全く感謝の気持ちがないときに言える言葉ではないから、言っていて何か良い気持ちになれるし。
そんで言っているときは笑顔になるし。
そういえば、死産を宣告された日も、先生に対して色んな気持ちがあったものの、診察室を出るときは、意識が朦朧としながらも「ありがとうございます」て言ったと思う。
その言葉を言った気持ちは、嘘ではなかったと思うから、今までありがとうございましたって思っていたんだと思う。
まぁ、いつも通りにすることで、平静を装おうとしていたのかもしれないけれど。
そんなこんなで、これからも「ありがとう」を多用していこうと思う。
きっと沢山使った分だけ幸せになれるはず。
信じるか信じないかはあなた次第、とか言って。
あ、コメントいただいた方に対しては毎回ありがとうございますとか言ってないです。ごめんなさい。
そこは何だかよそよそしくてあんまり使いたくないのです。はい。
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着床期には激しい運動をしたらダメなんですか?とか、
妊娠初期に背伸びをして洗濯物を干したらダメなんですか?とか、
妊娠中に飛行機に乗ったらダメなんですか?とか、
こんな感じの質問が、yahoo知恵袋や、教えてgooに載っていたりするけれど。
そんで、絶対ダメだとか、こういうことをしても産まれるときは産まれるから神経質になりすぎるなとか、色んな答えがあるけれど。
結局そういうのは、人によりけりなんじゃないかって思う。
着床期に激しい運動をしても着床する人はするし、安静にしてないと着床しない人はしないし。
背伸びをしても大丈夫な人は大丈夫だし、それでダメになっちゃう人はなっちゃうし。
飛行機に乗っても何の影響もない人はないし、敏感な人は異常が出ちゃったりするし。
そういうことなんじゃないかと思い始めた。
私みたいに、初めての出産が普通じゃなかった人は、そういうのには敏感で、過敏で、色々と体が反応してしまうんじゃないかって思う。
もちろん、産まれるときには産まれるんだって思っている部分もあるし、というか絶対そう思いたいんだけど。
結局、産まれるところには産まれる、産まれる人には産まれる、ってことなんじゃないかって、時々絶望的になる。
でもでも、それでも、実はうちの母も死産を経験しているんだけど。
その母も、産まれるときには産まれるって言っているわけだから、それもまた真なんだと思うんだ。
結局の結局、考えようなんだよな。
もしダメだった場合は、「あのときあれをしたからダメだったんだ」って何かのせいにして、大丈夫だった場合は、「あのときあれをしたけど、全然大丈夫だったな」とか、あのときあれをしたってこと自体を忘れてしまうとか。
うちにもいつか産まれるだろうか。。。
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死産してから5ヶ月。
家族と病院の先生以外誰にも会えてない。
上司、友達、先輩、みんな気を遣って誘ってくれるけど、会えない。
弱い自分を見せられないから。
かといって強がって笑うこともまだできないから。
九州に住んでいる幼馴染が、出張で東京に来るってことで、明日会わないかって誘ってくれた。
死産の報告は姉からしてもらっていて、死産後、直接私に連絡来ることはなかったんだけれど、この間メールをくれて、とにかく心配してる、一度会いたいってことだった。
産まれたときから小学2年で彼女が引っ越すまで、ずっと数十歩の距離に住んでた。
歳は私の一つ上。
ほぼ毎日遊んでた。
お互いの家でご飯食べて、一緒にお風呂入って、そのまま一緒に寝て。
親に怒られそうになったら彼女の家に避難して。彼女も避難してきて。
田舎がなかった私は、毎年夏になると彼女のおばあちゃんちに一緒に連れて行ってもらっていて。
結婚式には家族席に座らせてもらって。
毎年年末には彼女の実家に、私たち夫婦+姉夫婦+姉の子どもでお邪魔して鍋を囲むくらいの、家族ぐるみの関係の子。
喧嘩をしない姉妹みたいな感じ。
本当に本当に大好きで大切でかけがえのない友達。
会いたい、会えるかもしれない、初めて思った。
友達のようで友達じゃない関係だから。
いくら泣いても、泣き叫んでもきっと受け止めてくれるから。
そして彼女は私が死産する直前に2人目の子を流産でなくしていて。
少しは寄り添ってもらえるかなって気持ちもあるから。
一歩踏み出してみようかな。
踏み出してみよう。
そうしよう。
メール返信するぞ。
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オットの夢。
早期リタイア。
やる気なさすぎ。
私の夢。
子どもたちが手を離れたら、夫婦とも退職、投資マンションを購入して人に貸して、家賃収入で生きていく。そんで年2回くらいは二人で海外旅行に。
オットの夢は、仕事してる時点で、勇気さえあればいつでも叶えられちゃう。
勇気さえあれば。
かなりの勇気が必要だけれど。
私の夢は、今んとこ全く実現しそうにない。
まず子どもがいないからな…
スタートラインにさえ立ててない。
うーむ。
結婚した時の予定では、30歳になったときには、1人子どもがいるはずだったんだけれど。
今は、何歳までに何人とか贅沢なことは言わないから、1人でも子どもが欲しい。
神様、仏様、ご先祖様、何を頑張ったら子どもを授けてくれますか。
いや、授けてもらうだけじゃダメだ。
何を頑張ったら元気な子を育てさせてくれますか。


