想うということ -19ページ目

想うということ

結婚→オットが躁うつ病発症→オットが転勤(別居)→オットが休職→私が異動(同居)→オットが復職→子作り開始→妊娠→28週で死産 で今に至る。
元気な子を授かって、産んで、育てたい。

VAIOは何色か。

今日はオットが家にいるのでPCが殆ど使えない。

だから文章を練ることができないので、適当な雑記を書く。

いつも使っている私のVAIO君はアダプター?部分がご臨終で使えない。

アダプター部分だけ購入しようと思ったら5000円くらいする。

アダプターこんなに高いの…それなら…ってことでさっき2代目VAIO君を購入した。

高い買い物だけど、死産後病院以外ほとんどお金遣ってないから許されると思う。誰にかはわからないけど。

この3連休には届かないだろーなーブログアップできないなーオットの寝てる間に、だな。


どうでも良いけど1代目VAIO君は私は黒だと思ってた。

「今の黒やから次のやつシルバー買おー」

っていったら、「はぁ?今の緑だよ」っていわれた。

緑らしい。緑に見えない。これっぽっちも緑に見えない。太陽にかざしてみても緑に見えない。


確かに私は昔から色の感覚が人と違う。

実家にいるとき、母とよくこういう会話があった。

私:「あの紺の上着もってきてー」

母:「紺の上着なんて持ってたっけ?」

私:「あの袖短めの金のボタンのやつやん」

母:「あれ茶色やん」


小学校のとき、色盲テストってのがあった。

絵本みたいの見せられて真ん中に書かれている文字を判別するってやつ。

ずらーって出席順に一列に並んで順番にやっていくんだけど、前の子の順番のときに覗いてると、本当に判別できなくて、やばいって思って仕方なく前の子が言う文字とか数字を暗記して、自分の番になったら暗記した順番に答えてた。

色の感覚がおかしいのか、色覚異常というやつなのか、まぁ別に困ってないからいい。



昨日の良いこと

派手なロック風Tシャツ、GAPのカーゴ、リーボックの派手スニーカー、SABREのサングラスというイカツイイデタチでスーパーに行った私。

知らないおばさんに、「そのTシャツ派手ねーおしゃれねー。誰が書いてあるの?あ、あれねーイギリスのバンドのえーっと…」ていきなり話しかけられた。

「ビートルズですかね?」て言ったら、「そうそう。そうね。いーわねーそれ。」って去って行った。

Tシャツに書いてあるのはビートルズではないけど、死産後初めて家族と病院の先生以外と会話した私はとっても嬉しくなった。しかもなかなかのイカツイイデタチだったのに話しかけられた。

いや、確かにスーパーのレジの人にありがとうとか、宅配便のお兄さんにありがとうとかは言うけど、それって会話というか挨拶だし。

久々の会話のキャッチボールってやつに感動してルンルンで家に帰った。私はビートルズとしか発言してないけど、いちおうキャッチボールしたと思う。


4ヶ月ぶりの爆笑

会話のキャッチボールのおかげで本当に久しぶりに少し幸せな気分を味わったので、なんだかとっても笑いたくなった。

そんで、笑えるブログを探した。

で、見つけた。

勝手に紹介して良いのかわからないけど、紹介する。(ダメだったらこの記事消す覚悟。)

「ARuFaの日記」てやつ。

オットはイマイチと言ったけど、私は爆笑させてもらった。

この方の才能の豊かさに脱帽。


結局

長くなったな。文章練ってないから読みづらいな。まぁいいか。


▼読んでくださりありがとうございます。

  ポチっと応援していただけると嬉しいです。

 にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 天使ママ・天使パパへ
 にほんブログ村

出産の日。

記憶が定かでないけど、確か子宮口開くやつを抜いて、風船みたいの入れた。

そのあと、促進剤?誘発剤?の点滴が始まった。

助産師さんから「確実に今日産まれるとは言えない。今日産まれなかったら、夜中も点滴し続けるか、夜中は一度止めてまた明日始めるかは相談」て言われた。

こんな感じだったからオットは会社に行った。

後で聞いたら心配で仕事にならなかったらしい。

そりゃそうか、最悪子宮が破裂してしまうかもしれないとか前日言われたしな。

まぁみんながされる説明なんだろうけど、男性はびびるよな。


母はずっとそばにいてくれた。

朝9時頃から点滴して、全然何も起こらないから分娩室で普通に昼ごはん食べた。

やっぱり悲しさはなくて、テレビ見ながら助産師さんと談笑してた。

そしたら姉がこれまた新幹線に乗ってきてくれて、分娩室入ってきて私を見て泣いた。

昨日から全然泣いてなかったのに、私を見て泣いた姉を見て私も泣いた。

私ってかわいそうな奴なんだって思った。


その頃から徐々に陣痛が始まってきたけど、まだまだ耐えられる感じ。

でも緊張してきたのかお腹がすごくゆるくなってしまって、何度もトイレに駆け込んだ。

「風船みたいなのが出てきたら教えてね」て助産師さんに言われ、その通り出てきた。

いよいよ体は準備ができたらしい。


陣痛は激しく、間隔が短くなったけど、心が痛すぎて、体の痛みは感じなかった。

いや、その時は感じてたのかもしれないけど、陣痛の痛みは本当に全く覚えてない。

産むのはまだまだ先だと思ってたから、お産のときの呼吸の方法とか、いきみ方とか全然わからなかったけど、赤ちゃんへの影響とか考えなくて良いから、私がやりたいようにやればいいんだと思ったら、すごくむなしくなった。そういうこと考えられるほど余裕があった。


姉は帰ってしまって、入れかわりみたいに会社を早退したオットが到着した。

手を握ってもらって、叫んで、励まされて、オットが来て10分で産まれた。

何てできた子だと思った。オットが来るまで待っていてくれた。

安産だったと思う。産声は聞けなかったけど。

そして、母が泣いてた。母が泣くのを初めて見た。

なんか映画とか見てるような感覚だった。

自分に起きていることじゃなくて、どこか遠いところのことのような感じだった。

すごく晴れた日で、分娩室の窓から見た夕焼けがきれいだった。

ほんと、映画の世界みたいだった。


ヘッドフォン本日のBGMヘッドフォン

Salyu  風に乗る船

TERMINAL/トイズファクトリー
¥3,059
Amazon.co.jp

▼読んでくださりありがとうございます。

  ポチっと応援していただけると嬉しいです。

 にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 天使ママ・天使パパへ
 にほんブログ村

子宮内胎児死亡を宣告された日、眠れるわけもなく、真っ暗な中ぼーっとしてた。

涙は流れるけど、悲しいのかよくわからなかった。

上司に何て報告しよう、電話すべきかな、メールでいいかな、

友達に何て言おう、みんなびっくするだろうな、死産なんて報告されても困るかな、

とか、身の回りの整理のことを考えてた。


朝方少し眠って、起きたときには夢じゃないかなぁ、お腹大きいしなぁ、と思った。

でもいつもはいない母が横にいて、やっぱり特別な状況なんだって認識した。

母がいてくれるからオットはひとまず会社にいって報告してくるってことだった。

何から始めればいいのかわからなかったけど、病院を探さないことには何も始まらない。

近くの大きい病院にかたっぱしから電話かけて、死産って言って断られて、確認して折り返しますって言われて期待して待って、やっぱり無理ですって断られて。

何件目だったかな、「大変でしたね、昨日個室が1部屋空いたので、個室で良ければすぐにでもどうぞ。」って言ってもらえた。ホッとした。


今までの病院に紹介状書いてもらいにいって、そのまま大きい病院へ。

入院手続きして、色々説明受けて、エコーをした。

今までピコピコ動いてるの見るの楽しみだったのに、エコー画像を見られなかった。

でも頭の中で、もしかしたら、昨日の診断は間違いで動いてたりする!?とか思ったけどそんな奇跡は起きなかった。

子宮口開くやついれた。

めちゃめちゃ痛かったけど、「大丈夫です。耐えられないことはないです。」って言ったら、「耐える必要ないよ。痛み止め飲もう。」て先生に言われて、そうか赤ちゃん死んでるんだから別にお薬飲んだって、何したって影響ないかって、今までお薬飲むのとか気にしてたけど、そんな必要ないのかって、なぜかそこで死を実感した。


その日は確か朝から一度も泣かなかった。

夜もぐっすり眠れた。

体の中からムクムクと力が湧いてくる感じ。

明日産むんだって、なんでかな、期待みたいなワクワクした気持ちもあった。


▼読んでくださりありがとうございます。

  ポチっと応援していただけると嬉しいです。

 にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 天使ママ・天使パパへ
 にほんブログ村

月曜日、普通に会社に行った。

毎週月曜日の定例の会議中、いよいよおかしいと思った。

いつも会議中は、胎動が激しすぎて会議に集中できないくらいだった。

でもこの日は感じなかった。

ただ、胃が慢性的に悪いので、胃がぽこぽこしている感覚はあって、

いつもと違うけどこれ胎動かなー今日はちょっとおとなしいのかなーと思ってた。


会議が終わって、なんか怖くなって病院に電話した。

母子手帳を会社に持ってきてなかったから、手帳ないけど会社帰りに受診したいと伝えた。


会社帰り、電車に乗りながら気を紛らわせようとして本を読んだ。

全然集中できなかった。

色んな思いが頭の中をグルグルグルグル。


病院の診察室。

私「ここ数日胎動が少ない気がして…」

先生「赤ちゃんはね、いつもいつも動いているわけじゃないから。

寝てるときもあるからね。とりあえず見てみようねー」


エコーをする。

先生「…心臓動いてないね。すぐに旦那さんに連絡して。産む病院決めたら明日でも来てくれたら紹介状書くから。」


その場では涙も出なかった。

分娩はやってない病院だったけど、産む病院の紹介さえしてくれなかった。

病院の前で泣き崩れた。立ち上がれないままオットに電話。

赤ちゃんが死んじゃったって伝えた。今すぐ帰るからって言ってくれた。

その後母に電話、夕方だったけど新幹線で来てくれることになった。

一駅歩いて家まで帰った。

こんな日に限って土砂降りの雨だった。

おかげで傘で顔を隠せた。


家について、1時間程してオットが帰宅。

走って帰ってきて、ぎゅってしてくれた。

「○○(私)が生きててよかった」って言われて、二人で泣いた。

私が死ぬんじゃないかって思って、そうなったら仕事辞めて田舎に戻ろうとか色々考えながら帰ってきたらしい。

後で聞いたけど、私はこの日「死にたい」って言ったらしい。記憶にないけど。

性格上、自ら死を選ぶような人間ではないけれど。

その言葉言っちゃったんだと後で聞いて怖くなった。


ヘッドフォン本日のBGMヘッドフォン

フジファブリック 茜色の夕日

FAB FOX/EMIミュージック・ジャパン
¥2,500
Amazon.co.jp

▼読んでくださりありがとうございます。

  ポチっと応援していただけると嬉しいです。

 にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 天使ママ・天使パパへ
 にほんブログ村

とりあえず、時系列的にこれまでのことを書いてみようと思う。

死産から4ヶ月間のこと、何日で書き終えられるかな。

ちまちまと書いていこう。


26週目(5月中旬)。

健診で、初めて尿蛋白がでた。

そして浮腫みを指摘された。

確かに脚がすんごい浮腫むなぁと思ってた。

でも元々浮腫みやすいしあんまり気にしてなかった。

さらに、お腹も浮腫んでるよって言われた。

お腹が浮腫むってなんだろう?と思った。

先生には、血圧は普通だから様子見で大丈夫でしょう、無理はしないでって言われた。


ちょっと疲れてたけど、その後も1週間普通に会社に行った。

でも週末あたりからいつも激しすぎて眠れないくらいだった胎動を感じない気がした。

でも気のせいだと思ってた。気のせいだと思うようにしてた。


日曜日は友達10人呼んでうちで餃子パーティーだった。

朝から準備してたけど、なんか貧血のような初めての感覚があった。

やっぱり疲れてるんだなぁと思った。

みんなが集まって、子どもの話になって、楽しみだねーって言って、餃子いっぱい食べた。

次集まるのは産まれたあとかなぁとか言って解散した。


夜寝るとき、なんかやっぱり動いてない気がした。


▼読んでくださりありがとうございます。

  ポチっと応援していただけると嬉しいです。

 にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 天使ママ・天使パパへ
 にほんブログ村