出産した日、殆ど眠れなかった。
体が熱くて、心臓がドキドキして、運動会の日の夜みたいな感じ。
疲れてるんだけど、運動しすぎて体中が熱持ってて眠れないみたいな。
眠れない中でも、悲しさいっぱいという感じはなくて、あーこれなら私大丈夫かもなーって思ってた。
けど、朝方少し眠って起きたときから地獄が始まった。
起きて、少しへっこんだおなかみて吐きそうになった。
吐きそうになって気持ち悪くて泣いて、泣きすぎて吐きそうになって、トイレ行って悪露見て泣いて、悪露が気持ち悪くて倒れそうになって、ベッド戻って力が出なくてうずくまって泣いて、もがいた。
大好きな上司から「お悔やみ申し上げます」って一言だけのメールがきて、その短い言葉に詰まった意味を考えてまた泣いた。人生で初めてお悔やみ申し上げますって言われた。
本当はおめでとうって言われるはずだったのにって思って泣いた。
気が狂いそうだったから、気を紛らわそうと思って病院の休憩室行って缶コーヒー買ったんだけど、涙が出てきて飲めなくて。
休憩室から外眺めながら、あーこの窓から飛んだらどっかいっちゃえるかなぁとか考えて。
人目も気にせず泣きながら病室に戻ってすることなくて姉に電話してまた泣いた。
ここから退院までの数日は殆ど記憶にない。
どんな検査したのかとか、何を話したのかとか、全然覚えてない。
ただ、出産セットを持って退院するときの絶望感というか虚無感だけは忘れられない。
大きな出産セットは持っているのに、赤ちゃんを抱けてない。
入院する前とちがって、とても身軽になった身体。
自分の身一つで退院する惨めさ。
最悪だった。
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昨日の記事で、「予感」のようなものについて書いたので、今日も「感じる」ことについて書きたいと思う。
死産後、不思議なことがたまに起きる。
必ず私が一人で家にいるときに起きる。
オットと二人でいるときには起きない。
1.電気が消える。数秒してまた点く。
2.テレビが消える。数秒してまたつく。
3.網戸が開く。(これは1回のみだったけど。そしてさすがに網戸が閉まることはなかったけど。)
電気については、電球が切れたんだと思ったけど、その後普通についてるし、切れたわけではないんだと思う。
パチって消えて、ビーって言って、そしてまた点く。
テレビは、一度画面が消えて、電源のランプも緑(ON状態)から赤(OFF状態)になって、また緑になって画面があらわれる。
網戸は1回のみだったけど、私がトイレに入ってる間に、ガガーって音がしたから何だろうと思って出てきたら、リビングの網戸が半分開いてた。
オカルト的なこと信じる人間ではないし、霊感も全くない。
電気が消えるなんてよくあることだろうし、テレビも接触不良とかで消えたのかもしれない。
網戸はたまたま風が強くて開いたのかもしれない。
でもこれらのことが起きるとき、我が子の存在を強く感じる。
悲しみに耽ってぼーっとしているときに起きて、ポンポンと肩をたたかれた感じがして、驚いて我に返る感じ。
今日も疑問を投げかけてみる。
こんな体験をしたことのある方いらっしゃいますか。
こんな小さなことでも我が子にかこつけてしまう私は病んでるのかなぁ。
普通じゃないよなぁ。
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今日もやはり時間がない。
そこで、死産や流産を経験した方にお聞きしてみたいと思う。
我が子がお腹に宿ったときから、「この子は無事には産まれてきてくれない気がする」という直感みたいなものを感じていた方はいらっしゃるのかどうか。
私は、実はこの思いがずっとあった。
なぜか何かが違う気がしてた。
批判されるかもしれないが、そういう思いがあって、クワトロ検査も受けた。
結果は異常はないでしょうとのことだった。
その後安定期に入って、健診で「順調だね」って言われるたびに、すごく違和感があって、ずっと何かが違うと思っていた。
胎動は眠れないほど激しくて、お腹の子は元気なはずなんだけど、いつも不安がつきまとっていた。
そして、死産を宣告されたとき、絶望の中で「あ、やっぱり」って思う気持ちがあった。
どこかでとても納得した気持ちになった。
そう、納得って言葉が一番しっくりくる。
私が我が子の生命力を信じてあげられなかったからダメだったのかな、信じることができていれば結果が変わったかな、と考えてみても後の祭。
次妊娠することができたら、少々の不安なんて吹き飛ばして我が子を信じてあげたい。
信じる者は救われる、かなぁ。
同じような母の勘みたいなものを感じていた方、どんなものだったか教えてくれませんか…
そういうのってやっぱりあるのかなぁって知りたいのです。
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出産したあと。
この上ない爽快感と達成感と満足感と、とにかくすっきりした。
やってやったって感じだった。
家族や助産師さんや先生と色々話してた。
赤ちゃんに会う?抱く?染色体検査と解剖はどうする?とか聞かれたと思う。
染色体検査はやるって即答。賛否両論あるのかもしれなけど、原因が何かあるのなら調べておきたいと思った。
ただ、解剖はできなかった。
きっとみんなが思うこと、赤ちゃんを傷つけたくない、苦しい思いをさせたくないって。
私も人並みにそう思って、解剖はしなかった。
そして、赤ちゃんに会うか、抱くかの選択。
出産して頭と体がパニック状態の私は、会わない、抱かない選択をした。
母とオットはちゃんと対面して、多分抱いたんだと思う。
カーテン越しに、「かわいい」「俺に似てる」「毛ふさふさ」「さすが俺らの子、めっちゃ顔濃い、足でかい」とか色々聞こえてきた。
助産師さんに、何度も何度も「会わない?抱かない?」ってしつこく聞かれた。
私みたいに会わない選択をする人はどうやら少数派らしい。
だって、産まれたての赤ちゃんなんて抱いたことないし、どうやって触ったら良いかもわからないし、動かない、息しない我が子に会うなんて怖くてできない。
そんな感情があって、ダメだった。
今考えたら、動かない我が子を抱いたら、死が現実になりそうで恐ろしかったんだと思う。
いや、死は現実なんだけど、心と体が受け止めるのを拒否してた。
お腹の中でポコポコ動いていた元気な我が子だけを覚えておきたかった。
この選択は、後々母とオットを苦しめることになる。
気が狂ったように悲しむ私を見て、何度も「無理にでも会わせておけばよかった」って言われた。
今でも「会わせなかったことを本当に後悔してる」って言われる。
私も会って抱いておけば何か変わってたのかなって思うこともある。
でも後悔はない。
動かない我が子じゃなくて、お腹で元気だった我が子の記憶しかないから。
どこかでまだ私の中にいるような気がするから。
そんな気がするから、4ヶ月経ったいまでもたまにお腹触って撫でてしまうことがあるけど。
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