想うということ -17ページ目

想うということ

結婚→オットが躁うつ病発症→オットが転勤(別居)→オットが休職→私が異動(同居)→オットが復職→子作り開始→妊娠→28週で死産 で今に至る。
元気な子を授かって、産んで、育てたい。

死産後、数週間自分の家にいて、その後母と一緒に実家に戻った。


自分の家にいる間は、ほんと、何して過ごしてたんだろ。

朝起きて、オットを見送って、ソファに座ってテレビつけて、でも全く内容が頭に入ってこなくて。

へっこんだお腹見て悲しくなって泣いて、お骨を見つめて泣いて、テレビに赤ちゃんとかママさんタレントが出てきたらチャンネル変えて、そんなことしてる自分がむなしくなって泣いて、心配して友人が送ってきてくれたメール見て泣いて、それに返信できない自分が情けなくて泣いて、ご飯食べて苦しくてもご飯を食べられる自分が悔しくて泣いて、暗くなってきたら怖くて泣いて。

一日どれくらい泣いてたんだろ。


オットの帰りが遅いから、長時間家で一人にさせておくのは怖いってことで、数週間して少し体力が回復したかなって頃に実家に帰った。

新幹線乗って帰って、実家近くの駅についてホッとしたら、苦しくて気が遠くなった。

前来たときに、次来るときは出産の直前だなぁって思ってたから。

まさか、こんな身軽な身体で戻ってくるなんて考えてもなかったから。

駅まで迎えに来てくれた父に「泣くな」って一言言われた。

そういわれるとさらに泣けてきた。


実家にいた1ヶ月弱の間は、毎日母に外に連れ出された。

一人にさせられないってことで、毎日母の習い事に引っ張って行かれた。

母が習い事の間、近くのカフェとかファミレスとかでボーっとしてた。

この頃は何も考えてなくてもただただ涙が出てきたから、カフェで泣いたり、ファミレスで泣いたり、変な人だったと思う。

普段なら人前で涙なんて見せないけど、そんなわけにはいかなかった。

こらえようと思ってもこらえられない。

どんどんどんどん溢れてくる。

泣きすぎて気分が悪くなってトイレに駆け込んで、へこんだお腹と悪露を見てまた苦しくなって泣いて…

おかしくなりそうだった。


そして、毎日思っていたこと。

明日が来なければいいのに。

朝を迎えられなければいいのに。

このまま眠り続けられればいいのに。

そう思ってた。


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死産から4ヶ月、正中線が消えつつある。

妊娠線はできなかったけど、おへその少し上あたりから、おへそを真っ二つに割るような線がくっきりできていた。

いつ頃からだったかな、気づいたときからどんどん濃くなって、なんだこれ?って思ってた。

正中線なるものの存在は知らなくて、調べてそう言うんだって知った。

産んだあとも消えなかったらどうしようって心配もあったけど、これも赤ちゃんがお腹で元気に育っている証拠だと思ってちょっと愛おしくもあった。


そんな証が、今、消えつつある。

もう見えなくなりそうだ。


我が子がお腹にいた証がどんどんなくなっていく。

出産して、あれだけパンパンだったお腹がぺしゃんこになって、ものすごい喪失感を感じて、1ヶ月くらいして、脂肪もどんどんなくなって、現実を受け止め初めて、出続けた母乳が止まってホッとするとともに寂しくなって。

4ヶ月経って、今度は正中線がなくなるんだ。

残る証はなんだろう。

抜け毛がひどいことくらいかな。

臍の緒もお骨もあるけど、私の身体には、我が子が存在したという証は残らないのかな。

残るのは悲しい気持ちだけなのかな。

身体のどこかに、我が子が存在したんだ、我が子を産んだんだって証が残ればいいなぁ。


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辞書的な意味でいうと「帰す」もしくは「還す」が正しい気がするんだけど、神様から借りていた赤ちゃんを返すという意味で捉えると、「返す」でも良いのかな。

まぁ今回書きたいのはそういうことではなくて。


流産・死産で赤ちゃんをなくすことを、「お空へかえす」と表現することがある。

私は死産して初めて知った言葉なんだけど。

掲示板やブログを見ても、この言葉がよく使われていて、流産・死産を経験したお母さんたちの間ではおそらく耳慣れた、使い慣れた言葉なんだと思う。


私は、この言葉をどうしても使えない。

ブログを書き始めるにあたって、「死産」という言葉をオブラートに包んで別の言葉であらわすべきか悩んだ。

「死産」という直接的な言葉を使うと、苦しかった経験を思い出して嫌な気分になる方がいるかもしれない、そういうリスクがある言葉は避けた方が良いのかもしれない。

ブログという人の目に触れる形にするのであれば、人を不快にする言葉は使わない方が良いのかもしれない。

そう思った。

でも、どうしても「お空へかえす」という表現はできなかった。


なぜなのか、考えてみた。

なんだか私にはしっくりこない。

他の方が使ってるのを見たり聞いたりして違和感を覚えるわけではない。

でも、自分では「お空にかえす」と言えない。書けない。

はっきりとした理由は自分でもよくわからないけど、多分赤ちゃんを亡くしたことに対して、まだ負のイメージしかないからか。

赤ちゃんを亡くしたことを「お空にかえす」っていうきれいな言葉なんかで表せない!そんな良い思い出にできない!って思ってる自分がどこかにいるんだと思う。


決してこの言葉を使っている方を批判しているわけではないので、どうか不快に思わないでください。

ただ、私もいつか使える日が来るのかなぁと思うのです。

いつか、今回のことが、辛く苦しいだけの思い出ではなくて、かわいい赤ちゃんを産んだんだっていう満たされた思い出になる日がくるのかなぁと思うのです。

そういう日が来ると良いなぁと思うのです。

はぁ、やっぱ苦しい。


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あすなろラボで乙武さんが講義をしていた。

教育者として、子どもを持つお母さんたちの悩みを聞いて解決する、といった内容だった。


その中で、子どもへの愛情の伝え方についての話があった。

乙武さんが小学校4年生の担任をしているとき、1/2の成人式という授業をやったらしい。10歳だから1/2の成人式。

その授業の最後で、子供たちにはサプライズで、親から子へ書いてもらった手紙を子供たち本人に読んでもらったんだって。

そしたら、親の思いを知って、泣いたり号泣したりする子が続出したって。

乙武さんは、「日本人は言わなくても伝わるって思いがちだけど、言わないと伝わらない。ちゃんと言葉に出して子どもに愛を伝えなければ」って言ってた。

子どもに愛を伝えることで、子どもは自分が大切にされているって感じて、自分を肯定することができるんだって。


乙武さんが他の番組で生い立ちを話しているのを見たことがある。

乙武さんは先天性四肢切断という障害を持っているからと言って、大学を出るまでそのことを負い目に思ったり、そのことで親を恨んだりしたことが一度もないってことだった。

自分が人より劣ってると思ったこともなかったって。

乙武さんのお父様は、毎朝必ず子供たちに「今日も大好きだよ」「今日も愛してるよ」って伝えてたんだって。

毎日毎日そうやって育てられることで、自分は自分のままで愛されてるんだ、自分は自分でいいんだって思えて、自分を肯定してあげられるようになるってことだった。


私は幸い家族には恵まれていて、ちゃんと愛情を注いでもらったおかげか、ずっと自分は自分でいいって思って生きてこれた。

親から受けた愛を、オットや周りの友達に注ぐこともできていると思う。

ただ、子どもがいない。

一番愛情を注いであげたい子供がいない。

無事に産まれてきてくれてたなら、鬱陶しいと思われるくらい愛情を注いであげたのに。

これから子どもに注ごうと思ってた愛をどこへやったらいいのやら。

子どもが欲しい、子育てがしたい、子どもに愛情を注ぎたい。


この番組を見て、感動しながら、結局またいつもと同じ考えに着地した。

泣きながら横みたらオットも泣いてた。

あぁ同じ思い抱えてるんだなぁって思った。


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地獄の中の地獄を味わった日。

退院後5日目くらい。

母乳が出た。


リビングでソファーから立ち上がったときだったと思う、なんか冷たいと思ったら、着ていたTシャツの前部分がぬれていて、嫌な予感がしてめくったら母乳が出てた。

その瞬間、失神?貧血?何て言うのかよくわからないけど、一瞬気を失って倒れた。

母に支えられて気がついて起きて、泣き叫んだ。

どんどん出てくる、ポタポタ落ちる、押さえても、動かないようにしてもどんどん出てくる。

泣いたらその振動でさらに出てきて、でも泣かないこともできなくて、涙も母乳もひたすら出た。

パニック状態だったから、寝かせられて寝ようと思ったけど、興奮しているのと胸が張って痛いのとで全然眠れなかった。

吐き気と涙と痛みで最悪だった。


神様は本当に残酷なことをすると思った。

残酷すぎる。残酷すぎる。残酷すぎる。

予定通りに無事お産をしても母乳が出なくて悩む人がいる中で、28週で死産してしまった私に母乳が出るなんて。

私に母乳が出るという試練を与えるのなら、悩んでいる人の母乳を出してあげてくれって思った。


次の朝、出産した病院に電話したら、助産師さんが教えてくれた。

冷却材や冷えピタとかで冷やすこと、ブラジャーなどで支えて動かさないようにすること、できれば縛ったりすること。

頭がおかしくなりそうだったけど、何とか冷却材で冷やして様子を見ることにした。

少しでも押さえたり触れたりすると出てくるので、冷却材が効いているのかどうかはわからなかった。

ただ痛かった。


結局、母乳は1ヶ月半くらい出続けた。

その間3回くらい母乳を止めるお薬を飲んだ。


飲ませる赤ちゃんがいないのに、母乳が出続けるという苦しさ。惨めさ。むなしさ。絶望感。

死産を宣告された日より、悲しいお産をした日より、私には、母乳が出たこの日が一番地獄だった。


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