かえるんです![]()
あっという間に③です。
劣等感が低く、八方美人に他人に接して疲れていたかえるん。
授業中の腹痛も発症してしまい、その事実を受け入れられず、ひたすら現実逃避していました。
目つきもその時期は、暗く、焦点が合わない状態でした![]()
しばらく授業に出られないことが続き、すっかり教室が怖くなった私は、
朝家を出ても学校に行かずファミレスなどで過ごすこともあれば、
行っても部室で寝て過ごす日も多いような状態でした。
(かえるんの高校は放任なので、それでも教師から何か言われたり、保護者に連絡がいったりしません
)
このままじゃだめだ・・・・
私、再起不能になっちゃう・・・・
せめて、ママに言わなきゃ・・・
私は意を決して、母親にこのことを伝えました。
人に伝えるということは、腹痛のことを自分の問題だと認めるということで。
私には、とてもとても苦しいことでした
でも、どうにかしたい、どうにかしてほしい・・・そう思って伝えました。
すると・・・・
母親は声をたてて笑いました
「なに、あんた、お腹痛いならトイレ行けばいいじゃない!」
「でも、授業途中で席立ったら、みんなこっち見るんだよ?
どこ行くんだろうって不思議がられちゃうよ・・・」
「トイレ行きますって言えばいいでしょ!」
「そんなの無理!授業終わるまで我慢できないってことは、大の方に行きたいんだって
女子にも男子にも(←重要)思われるに決まってるじゃん!」
「あははっ、大くらいなんてことないよ。誰だってするでしょ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
まだ子どもで、どうしようもなく劣等感が強い私は、それ以上、何も言えなくなっちゃいました。
事実を言うだけで、すごく勇気がいって辛いことだったから、
それ以上踏み込んで、とても悲しい、とか、困ってる、とか正直な気持ちを言っちゃったら、
自分の中の何かが音を立てて崩れていきそうで・・・もう生きていけなくなってしまいそうで・・・
(後で聞いた話ですが、
その時は母なりに「あまり深刻にとらえない方がかえるんのためなのでは」
と思って、あえて明るく接したらしい![]()
別にかえるんのことを考えてなかったわけじゃ、ないんだよ
)
その後、何カ月後かにもう一度母親に言ったとき、
ようやく事の重大さを察した母親に病院に連れていかれ、
そこで過敏性腸症候群という診断が下りたのでした
そして、ガスを止める薬と抗不安薬を処方され、私はこれで症状が治まると思うととてもほっとしました
なんだ、こんな簡単なことなら、もっと早くに来ればよかったな・・・
が、
なんと、薬は全くと言っていいほど、効果がありませんでした
また私はいつものようにお腹が張り、音の恐怖に授業中手汗でノートをぐしゃぐしゃにしながら、
耐えられずに授業を抜け出してしまいました
なんで!?
薬でもダメなら、私はどうすればいいの!?
私自身が問題だってこと!?
もう、何をしても、無駄なのかな・・・・
私は何をしてもうまくいかないように、出来ているのかな・・・
クラスのみんなは、行きたい大学や学部のこととか考えてるのに、
私は予備校の授業も出られないだろうし、個別指導は高いからウチには無理だし、
そもそも受験会場で同じ状況になってしまったら・・・・・
そうか、もう、なんの希望もないってことだな・・・・・・
その時高校3年生となっていた私は、すっかり無気力になってしまいました。
そしてその頃から、私は本屋に行っては
たくさんの心に関する自己啓発本を読むようになりました(お金ないので立ち読みで
)。
そのときよく読んでいたのは、
「自分が普段考えていることが、現実になる」
というちょっとスピリチュアルな本。
すぐに内容を信じた私は、快適な体調で授業を集中して聞いている自分をたくさん想像しました。
でもやっぱり、いざ授業のチャイムがなると、急激にお腹が痛くなり・・・・
そんなことばかり続いて、
「これで治るのでは!?」
と一瞬明るくなっても、
またすぐ元通り・・・
という毎日で、
疲れた私は、何かに期待をするのもやめるようになりました
私は、もともとダメな人間だったけど、
さらにこんなシモのことで悩むような情けない人間なんだなぁ・・・
(↑今考えると、ちょっと笑ってしまう
)
クラスメイトはあまりにも授業に出ない私にさすがにいろいろ聞いてきましたが、
どの質問に対しても曖昧に返していて、今までと同様、正直に自分のことは話せませんでした。
そう、今思うと、この一連の悩みは、
そろそろ自分のことを見つめろ!大事にしてやれ!
ありのままの自分のことを人に伝えろ!
っていう、自分からのメッセージだったんじゃないかなって思う・・・
でも当時の私にはそんなことわからないし、
わかっても、ありのままの自分なんて、怖くて見つめられなかっただろうな
そしてそのまま、高校生活が過ぎていき、
大学には絶対に行くように親に言われた私は、
筆記試験のない公募推薦で、自分の成績よりずっと下の大学へいったのでした
つづく・・・?

(変なノリ(笑))














と笑顔で言いました。
と笑ってどっかへ行きました。


、












と思っていた私は、



(説明になっているのか・・?)
、「げ、私のこと?」とギクッとしたり
、



