つけて1ヶ月、色も味も一番いい頃合いの沢庵、あっという間になくなりました。
以前、錆さんたちとしゃべっていたとき、お互い小さいころひとりひそかに分からなくて悩んでいたことや妄想していたことの話題になりました。
「左手って、元々字の練習してないのに、(必要に迫られて練習して)字を書くと右手と同じ字が書けるようになるんだよね」・・・。
大人になって、脳と手のかかわりなどについて知識のついた今だから、そんなもんなんじゃないのー!?とか、ガヤガヤしゃべっていました。そしてそのままその話は飛んでいって、他の話に・・・。
その話をした夜。
この話を思い出して、あることに気づいてひとりで思いに耽っていました。
字が右手でも左手でも同じなのは、脳で文字を書いているから当然のこととも思ったのだけど、これがやっぱり、あーやっぱりそうなんだ・・・と妙に腑に落ちて。
わたしたちは心(=脳??)にあることを手を使って形にあらわすことができるんです。
それはまるで、魔法みたいじゃないですか?
だから、わたしたちのつくったものは、心や頭にある感情や設計図をなんとか表現したもの。
話が大げさかもしれないけれど、わたしは、うん、やっぱりそういうことか~!と腑に落ちたのです。
今までいろいろな人と知り合って、作品に触れる機会がありましたが、意外な人(例えばすごい毒舌だったりするような)が優しい、とっても心惹かれるいいものをつくっていたりするんですよね・・・笑。
おもしろいなぁと思います。
我が家では、野菜と化粧品と冬のニット小物などをつくっていますが、野菜や発酵食品や化粧品、編み物などを作っているときはまるで魔法をつかっているみたいでいつも心躍ります。
わたしたちは手を使って想いや願い、心にある設計図を形にしていこうとします。
あと、もうひとつ、これとは別にわたしが思うのは、手から出る不思議なものについてです。
発酵食品も土作りも「発酵と微生物」ということがキーワードだなと思うのですが、人の手にもたくさんの微生物か菌かなにかわからないものがあるような気がします。
だって、まったく同じ材料で同じ時期に同じ環境で作ったお味噌も、作った人の手や、ねかしておく、お家の環境によって味がさまざまに分かれていきます。
そして最近思うのは、相棒くんが漬けてくれたお味噌の味がすごーく好きだということです。
普段は男と女って違うな~とかちぐはぐなこともたくさんあるのだけど、なにか目に見えないこういう部分で惹かれていることもあったりするのかなぁとか思っていました。
あと、おにぎりやおはぎは、必ず手で握ります。
おにぎりって「おかあさんのおにぎり」とか「おばあちゃんのおにぎり」って感じで、ただのおにぎりとかじゃなくて、やっぱりその人が醸しているなにかを食べるみたいな雰囲気もあるのかなと思うようになりました。
・・・わたしたちは、心にある願いや設計図を、ほかのだれでもない、自分自身の手でかたちにしてゆくことができる・・・
そう思うと、自分の荒れた手が小さい頃からコンプレックスだったけど、それすら、ありがとうと、いとおしく思えてきます。
心にあるものを、自分の手でつくっていく。自分の心や、身体から醸しているものが表れていて、おもしろくなってきます。
家族や身近な人たちの作ってくれたものはとても好きです。
その人のバイブレーションが伝わってくるようで。