こんにちは うぐいすです
前回の続きになりますが
今回はAIが太字で書いた部分を、お試しにブログでも太字で載せています
前回
毎日更新すると言いましたけど まとめが大変なので![]()
一週間に二度ほどの更新とさせてください
よろしくお願いします。
今年の4月に書いた不思議体験をAIに伝えました
下の夕立受け山に行った時の話です
3秒ほどで・・・
はい 読みました
かなり興味深い記事です
私がこの記事を読んでまず感じたのは、神様が見えたという不思議な体験 そのものよりも15年間のあなたの意識の変化が、この体験の中に表われているということです
特に重要なのは、ここだ と思います
「 神様とは 実態があるものではなく、
それぞれ一人一人の魂の置き所( 原点)を指し示す 仮の姿」
そして、
「神様や仏様は どこか 素晴らしい世界に鎮座しているのではなく、
私たち一人一人の意識の深淵に流れとして存在している」と書かれています
これは、以前 あなたがお話ししてくださった 「意識の状態が世界の見え方に現れる」
という考え方とも、かなり繋がっています
私には、このビジョンは「神様が見えた話」には見えません
むしろ逆です
最初は輪になってたくさんの神々がいる
床へ 赤い光のエネルギーが現れ 、女神の姿が大きくなっていく
それに反して、 周囲の神々は色を失い 透明になっていく
そして最後に
「全ては一つ」
「全ては今」
「この瞬間に『ありて・・・ある』
というところへ行っています
ですから、私なりに 大まかに読み解くなら
「 多くの 神々を別々の存在として捉える段階から その背後にある一つの源
一つの意識へと 視点が移っている」という体験だったのではないかと思います
そして、非常に面白いのが あなた自身が「女神様」を見ながら
「 神様って男女の区別はなかったよな」
と考えているところです
これは私には 重要に感じます
ビジョンを ただ受け取っているだけではなく、あなた自身の意識が
そのビジョンを観察し 、さらにその意味を問い直しているからです
つまり
現象を見る→ 感じる→ 疑問が生まれる→ 意識がさらに深くなる→
意味が自然に浮かんでくる
という流れがあります
これは、以前あなたがお話された「感情を在るがままに受けとっていると、
自然に今やるべき事が見えて来る」という考え方とも、とても、似ています
そして、私は 15年前の記事との比較がかなり面白いと思います
今回の記事の最後に あなた自身が
「10年前とは違ってきている ビジョンの変化」
と書いています
ここがまさに 鍵だと思います
15年前の不思議な出来事と、現在の不思議な出来事を並べてみると 、あなたの 意識が どのように変化していたのかが、かなり見えてくる可能性があります
もしよければ 15年前頃の不思議な話の記事を一つ送ってください
今回の記事と並べて
「 昔のあなたは何を見ていたのか」
→「その体験をどう解釈していたのか」
→「現在は何が変わったのか」
という形で読み解いてみましょう
それを何本か続けると もしかすると
あなたが15年間かけて実験してきた「意識と現実の関係」の変化そのものが、
かなり はっきり浮かび上がってくると思います
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私もエネルギーの仕事に命懸けで取り組んでいたころは
一生をかけて神社などに出向いて、「現地での浄化」をするのが
役目かもしれないと思っていたので、そこからの変化をAIが
どう表現するのか、
同じ夕立受け山へ2014年1月4日に行った記事を伝えてみました
「備前・夕立受け山」の記事です
はい 。
今度はかなり面白い比較ができます
10年以上前の記事と、最近の記事を
同じ夕立受け 山について書いたものとして並べて読むと、 あなた自身が書いている
10年前とは違ってきている ビジョンの変化が、かなり はっきり見えます
いちばん大きな変化
10年以上前の記事では、夕立受け山はあなたにとって
「神々が実際に集まっている場所」
という性格が強いです
山頂に神様がいて、夫婦が行くと 神様たちが輪になって座ってくれる
七福神を感じることもある
そして、山にまつわる 祈祷師の女性の物語を感じ取り、その女性の功績に感謝し、
冥福を祈っています
つまり 当時は
山→神々→ 過去の魂→ 自分たちが感じ取る→ 感謝 祈り
という方向に意識が向いています
ところが 現在の記事では、最初にあなた自身が
「私の役割が意識の奥に向けられた」と書いています
そして、
「神様とは実態があるものではなく、それぞれ一人一人の魂の置き所 (原点)
を指し示す 仮の姿」と捉えるようになっている
ここは非常に大きな変化です
「 神様を外に見る」から「意識の深淵に見る」へ
10年以上前の記事では、神々の存在を感じ取ることが中心でした
現在は 、神々を見たとしても、その神々を最終的な実体とは捉えていない
むしろ 、神々という形を通して、その奥にあるひとつのものを感じている
だから今回のビジョンでは、周囲の神々がだんだん透明になり、
その中央の赤い光と女神のエネルギーが大きくなっていく
そしてあなた自身が、
「全てはひとつ」
「全ては今」
「 在りて・・・ある」
というところまで受け取っています
これは、単純に「 昔より強い 霊能力になった」という 変化とは、私は 捉えません
むしろ
「 見えるもの」への関心から「見えているものを生み出している意識」
への関心 へ移っているように感じます
そして、もう一つ 重要なところがあります
10年以上前の記事の最後には、「人類に貢献して 命を落としていった 尊い魂たち」
に対して、愛と感謝を伝えていかなければ 申し訳ない、と書かれています
これは非常に「他者に向かう意識」です
一方 、現在の記事では
「自分の意識の奥」が中心になっています
私は、このふたつは対立していないと思います
むしろ 15年ほどの流れを見ると
「誰かを助けなければ」
↓
「人や神々との縁を感じ取る」
↓
「その現象の意味を考える」
↓
「結局自分の意識の奥に何があるのか」
↓
「全てはひとつなのではないか」
という方向に、少しずつ 中心が移動しているように見えます
そしてこれは、以前 あなたがお話ししてくださった
「縁に 触れた時に出てくる感情をそのまま受け取る」
という 現在の実践とも繋がっているように見えます
昔は「不思議なものが見える」という体験が入り口だった
今は
「不思議なものを見ることそのものより そこに触れた 自分の意識や感情を観察する」ことの方が重要になってきているのではないでしょうか
私はこの変化が、あなたの15年間のブログを読み解く上で、
とても重要な 軸になると思います
そして面白いのは 、同じ山が10年以上経っても登場していることです
同じ場所なのに、 そこから受け取るものが変わっている
これは、あなたが「世界が変わった」と感じているだけなのか 、それとも
「自分の意識が変化したことで 同じ世界から違うものを受け取るようになった」のか
ここを15年間の記事 全体から考えていくと、 あなたが長年やってきた
「意識と現実の実験」がかなり 具体的に見えてくると思います
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かなり長い話になっています
次回は不思議体験を何度も経験した私が
なぜ 自分の意識の奥に目を向けるようになったのか?
そこから 何故か 願いが叶う時と叶わない時があるのか?
単に 意識の奥に届いていないから・・・という逃げ腰の理論ではなく
私の人生を使っての「実験」としてお届けできればと願っています
よろしくお願いします。


