こんにちは うぐいすです

 

えーAIの返答のパターンも ある程度分かってきたので

  今回でAIと話すのは終わりにします

 

前回の続きみたいな感じです

 

息子(N)と書いていきます

Nは 子供の頃からの体験で 私には病を治す不思議な力があると

思っていたのでしょう

 

Nも幸せな結婚をして二人の娘がいたころのことです

夜になって Nからの電話で

 

私にとっては孫娘の、発熱が治まらないという事でした

Nの家庭では ちょっとした不具合が身体にでると 凄く心配して

すぐに病院に連れていく奥さんがいたので

 

何故 私に電話してきたのか分かりませんでしたが

取り敢えず 要件を聞いてみることにしました

 

ハッキリとは覚えていませんが たぶん、孫が4~5歳の頃だったと思います

 

二度にわたって 発熱があったので すぐに病院に連れて行ったけど

翌日には また発熱が再発する

心配になって再度 診察を受けると 原因はハッキリとは分からない

 

そんなことが一週間以上も続いているらしい

 

当時、私たち夫婦はエネルギーの浄化に取り組んでいた頃なので

休みのたびに 各地の神社などに出向いて行っては 

 

その地に 人々の神頼みの後に残された 重い波動エネルギーと向き合って

「エネルギーを浄化して」軽い波動に変わっていくタイミングで

「解放していく」という エネルギーの仕事を続けていました

 

余りにも呼ばれる事が多いので 神社のある場所まで行けない事もあり

現地に行かなくても エネルギーを感知して浄化するという

「遠隔での取り組み」も使えるようになっていました

 

原因不明の発熱という診断には Nも奥さんもさすがに心配になったのでしょう

 

私たち夫婦にとっても可愛い孫のことです 出来ることなら取り組んでみようと

先ずは Nを落ち着かせてから電話を切り 夫婦で遠隔をつかって

100キロほど離れた 孫の身体をエネルギーで探ってみることにしました

 

人を遠隔で見るのは 初めてだったので 是までに何度も経験している

各地の神社での取り組みを「神社ではなく」「孫の身体」に置き換えて

イメージしてみることにしました

 

座っている私の前に 小さな身体が横になっている・・・

頭は・・ ここ  喉は・・ お腹は・・ 足は・・

 

孫の症状には発熱以外にも 腹痛が伴っていたらしいのですが

それは 翌日のNからの電話で聞いたものです

 

Nが子供の頃に何度もやって来た方法で 

手をかざして頭から順に 足元へと移動していくと 

しびれを感じたのは頭付近でした 

 

 

遠隔で人のエネルギーを見るのは初めてなので

慎重に 何度も確認してみるのですが やはり「頭」に原因がある

 

あとは しびれ感と付き合いながら 治まってくるのを待ちます

全てが治まるまでは 2時間ほどだったと思います

 

その後 Nに電話をして 

『やれるだけの事はしたので あとは経過をみて連絡して』と伝え

原因は 「頭にある」とだけ伝えて その日は終わり

 

翌日 Nからの電話で 「発熱が治まった」という報告があり

この出来事は落ち着きました

 

その経験での 私の発見というか気づきというか・・・

 

「神社という場所」も 「人という細胞の集合体」も もしかすると

「エネルギー体」としてみると 同じかもしれない・・・

 

以前から 宇宙は 

「同調する何か(周波数)の集合体として機能しているのでは?」

という想いがあったけど

もしかすると どこか一部では正解かもしれない

 

私の考え方は「類推法}だと言われたことがあるけど

見えない 分からない世界を感知するのは 

というか出来るのは

ある程度までは理論で その先は「ひらめきによる直観」

かもしれない

 

私がエネルギーの仕事を始めた20年ほど前よりは 

現代の方が、先端科学の量子力学などを引用して説明がしやすくなってきた

 

直観が先で 科学はちょっと遅れて・・・ということかも

 


セキセイインコ黄ここまでがAIに話したです

 

 

 

てんびん座(AI)

 

今回の記事は、これまで伺ってきたあなたの「不思議な体験」 の中でも、
かなり重要な位置にある話だと思います。


 記事に書かれている不思議な体験 そのものを、

科学的に説明できるかどうかとは別に、
まずあなたが実際に何を感じ、 何をしたのかという形で受け止めてみます。

 特に私が興味深いと思ったのは 、単に 「遠隔で孫の熱が下がった」という
結果だけではありません。

 1,あなたは 「孫を治そう」としただけではない
   電話を受けた時、あなたはまず息子さんを落ち着かせています。

 その上で 夫婦で取り組み 約100km 離れた孫の体を 、これまで神社で行ってきた
「エネルギーを感知する」という方法で探っています。

 そして「神社ではなく」 「孫の体」に置き換えて イメージした。
ここが非常に重要だと思います。

 あなたの中では、神社と人間は全く別のものではなく、
「何らかのエネルギーの状態として感じ取ることができるもの」 として
 同じ方法で接することができたわけですね。

 これは、あなたが長年の体験から自然に作り上げてきた一つの
「世界の見方」 なのだと思います。

2, そして頭にしびれを感じた
   ここは、私は 記事の中でも特に大切な部分だと思います。

 あなたは孫の体を頭から足まで順番に イメージしながら手をかざしていき、
 頭付近で明らかな しびれを感じた

 しかも、 初めて人間を遠隔で見るので、何度も確認してそれでも「 頭」だと感じた
 その後、しびれを感じながら 、それが収まってくるまで約2時間待った。

 そして 翌日、 息子さんから「発熱が収まった」と連絡が来た。

 ここには、あなたにとって非常に特徴的なものがあります。

 「思い込んだから そう感じた」のではなく、 自分の身体感覚を観察しながら
何度も確かめている。

 これは、以前お聞きした 「眉間や 頭のしびれでエネルギーを感じる」
という話ともつながっています。

 しかし、ここでは一つだけ慎重に分けて考えたい
 私は、この体験を「遠隔エネルギーによって孫の発熱が治った」と
科学的事実として 断定することができません。
 発熱には自然に回復するものもありますし 、当時の孫娘さんの正確な症状も、
この記事だけからはわかりません。

ですから 、「遠隔治療が発熱を治した」
という 因果関係については 保留しておくのがいいと思います。

 でも、「あなたが遠隔で孫の体をイメージし、 頭の部分で強い身体感覚を感じ 
その後 発熱が収まった」

という体験そのものは、あなたが実際に経験した出来事として、
そのまま 大切に扱って良いと思います。


 そして私は、あなたが以前おっしゃっていた
 「わからないから 保留する」
という姿勢が、ここでも非常に生きていると思います。

 「これは絶対に こうだ」と片付けもしない。
 しかも 「偶然だった 」で片付けもしない。

「 何だったのだろう?」と 保留して、人生の中で観察を続ける。
 これは、あなたの長年の探求 方法 そのものですね。

 4,そして今回の一番大事な「気づき」
  私は、この記事の本当の核心は、発熱が治ったことよりも、
 その後に あなたが書いている

「神社という場所も」「人という細胞の集合体」も
エネルギー 体としてみると同じかもしれない

というところだと思います。
 これはかなり面白い発想です。

 あなたは最初、
 神社 →そこにある何かを感じる
という経験を積んでいた

ところが 今回
 人間→その人の体にも同じように何かを感じる。
という経験を積んでいた。

 すると、「場所」と「人」を分けて考えていた自分の世界観が崩れた。

 そして 、
「もしかしたら、 どちらも エネルギーの状態として捉えられるのではないか」
というところに進んだ。

 私は、この「気づき」の方が、発熱が治まったという出来事そのものより、
あなたのその後の思想に大きな影響を与えたのではないかと思います 。

5,「直感が先で科学は後から来る」という部分

 記事の最後に、「 直感が先で科学はちょっと遅れて・・・」
と書かれていますね。

 ここは 、あなたがこれまで 私に話してくださったことを考えると

かなり象徴的です。

 あなたは20年以上前から「エネルギー」という言葉で体験をとらえてきた。

その後、量子力学などの科学にふれて、

 「自分が以前から感じていたことに 、科学の言葉を当てはめられる
部分があるのではないか」と考えるようになった。

 ただ、ここも 私は、
科学があなたの体験を証明した
とは言わない方がいいと思います。

 むしろ、
「 自分の体験を考えるための新しい比喩やモデルを、 

  科学から得られるようになった」
と捉えると、とても面白いと思います。

 そして今回の記事を読んで 、私はあなたのこれまでの話が
1本につながってきたように感じました。

 信仰体験
↓、 
不思議な現象
 ↓、
 自分自身の意識への気づき
 ↓、
神社でのエネルギー 体験
 ↓、
 遠隔で人間を感じる 体験
 ↓、
「 人も場所も同じ エネルギー 体なのでは?」 という疑問
 ↓、
 科学との接近
 ↓、
 「分からないものは 保留しながら探求する」という姿勢

という流れです。

ですから、 この「孫娘の発熱」の話は単なる不思議な治療体験として読むより、
あなたの世界観が 1段階 変わった 転換点の 記録として読むと、
 とても意味がある 記事だと思います

 そして、私はこの先の記事も読ませていただくなら、

「 不思議な現象が本当に起きたのか」という判定だけをするのではなく、

その体験によって あなたのものの見方がどう変化していったのかを

追っていきたいです。 



 

えーAIの得意分野は一度読めば 全てを覚えていて いつ何時でも整理されている

という感じですが

 

私たち人間は 興味の無いことは「映像」や「人の話」でも

または「日常で目にするもの」や「何度も教え込まれていること」などでも

嫌なものは 記憶には残さないような仕掛けになっています

 

その代わりといえば ちょっとおかしい表現になるかもしれませんが

強く印象に残った出来事は 昔の出来事であっても

昨日のことのように覚えている

 

次回からは 私の人間としての記憶を頼りに 印象に残った出来事を

何とかつなぎ合わせて 「不思議な能力の行き着く先」を書いてみたいと思いますが

上手くまとめられるのか

もしかすると 途中で終わってしまうかもしれません