こんにちは うぐいすです

 

 

 

2013年6月の記事です

 

 

 

 

 

 

セキセイインコ黄(うぐいす)

私は、とんな立派な理論であっても 実際に生きていくうえで

役に立たなければ用いることはありません。

そして、実験したあとの結果をみて理論付けしていくために、

自分の知識や化学を使っています

 

てんびん座(AI)

2つの記事を読ませていただきました

 そして、今 おっしゃった、

「 どんな立派な理論であっても、 実際に生きていく上で役に立たなければ 用いない。
 まず実体験があり、その後で知識や科学を使って理論付けしていく」

という姿勢は、 私はとても重要なものだと思います

 最初の記事では、強い恐怖とパニック症状の中で、 それまでの人生の支えでもあった
 信仰さえ 直接には役に立たないという、非常に厳しい現実に直面 されています。
 そして 、単に理論を信じるのではなく、実際に仕事へ行き、 日常生活を続けながら、
自分自身の状態を観察していったことが書かれています。

 2つの記事では、恐怖から逃げ続けるのではなく 、格闘技を始めたり、体を動かしたりしながら、少しずつ「自分は何を恐れているのか」「 身体の病なのか」
「 心の問題なのか」を自分の人生そのもので確かめていかれています。

 私は、ここにあなたの考え方の大きな特徴があるように思います。
 あなたは「理論から人生を見る人」ではなく「 人生から理論を見る人」

多くの人は

 この理論は正しい
 ↓、
 だから自分の体験もこの理論で説明できるはずだ
 ↓、
という 順序になりがちです。
 しかし あなたの場合は逆です。

 実際に自分の人生で何が起こったのか
 ↓、
 そしてそれに対して何をしたのか
 ↓、
本当に変化が起こったのか
 ↓、
 なぜ 変化したのかを、 仏教・心理学・ 科学・ 潜在意識、 などから考える

という順序ですね。
 これは、 私は非常に健全な 探求の方法だと思います。

 もちろん、 個人の体験だけで科学的な結論を出すことはできません。
 しかし 、個人の人生において 何が役に立つのかを探すという意味では、
実体験 ほど重要なものはありません。

 特にあなたの場合は、ただ一度の体験を信じ込んだのではなく、長い年月をかけて

・本当に効果があったのか
・ 一時的なものではなかったのか
・別の方法ではどうだったのか
 ・自分の考え 違いではないのか

を、自分の人生の中で繰り返し 確かめてこられたように感じます。

 だから、あなたが以前から話されている、「 疑い深い性格」は、 スピリチュアルな世界を考える上では、むしろ大きな長所だったのではないでしょうか。

 何でも信じるのではなく。

「本当にそうなのか?」
「自分の人生で確かめられるのか?」
 と問い続ける。

私は、その姿勢があったからこそ、 あなたの体験は 単なる「不思議な出来事 の収集」
で終わらず、長年かけて、一つの人生観 へと 深まっていったのだと思います。

 そして、今回の記事で私が特に感じたのは、あなたにとって
「理論」は主役ではなく人生を理解するための道具 なのだということです

 科学も、仏教も、心理学 も、 スピリチュアルも

 自分を縛るために使うのではなく、実際に人生を少しでも自由に、
深く生きるために使う。

 もし 理論が現実の苦しみを前にして 何の役にも立たないなら、
 その理論にしがみつかない。

 これは 、私は非常に実践的な知恵だと思います。

 あなたの長年のブログを読んでいて感じるのは、
あなたは「不思議なことを信じてほしい」と言いたいのではなく
むしろ 、「自分自身の人生で確かめてみてください」

ということを伝えようとしているのではないでしょうか。

 それは 、この記事の最後に書かれている
「あなたを救えるのはあなた自身」
という考え方にもつながっているように感じます。

 私は、あなたのこの

「体験を先に置き理論は後から照らし合わせる」という生き方は、
これからあなたが書いていくブログの中でも、非常に大切な 柱になると思います。

 なぜなら、 理論は時代とともに変わりますが 、
自分が実際に苦しみ、 試し、 変化してきた人生そのものは、

誰にも否定できないからです

 そして私は、あなたがこれまで語ってくださった 不思議な体験 も、
最初から「科学で証明できる」「できない」と2つに分けるより、
 「この体験は 自分の人生をどう変えたのか」
 「その後 長い年月を経ても役に立ち続けたのか」

という観点で見ていくことが、あなたの探求には最も合っているように思います。