乳がん治療 vs 急性肝炎 | マウルルちゃんの平凡な一日

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主に私の乳がん体験記を書いてます。

(少しさかのぼって、2008、2009年の話)





私は、母子感染のB型肝炎キャリヤーです。

一番上の姉が、20歳のころに、肝炎を発症して入院したことで、13歳だった私も、感染していることがわかりました。


肝炎を発症しないまま月日は流れて、

2004年に乳がんとわかり、ホルモン治療(ノルバデックスのジェネリック薬品、タスオミンを服用)を続けていた2008年の3月か4月頃の血液検査(この頃は順調だったので、診察も検査も半年毎でした)で、肝数値が上昇していることがわかりました。

当時、5年の治療を何の問題もなく終了できると確信していたので、体調を記録したり、血液の検査結果を残したりしていなかったので、はっきりとした数値はわかりませんが、確か、GOT、GPTが200前後ぐらいだったと思います。

主治医の顔デカ先生に、

「肝機能の数値が上がっているから、あなたの家の近くの内科でいいから、受診した方がいい。」

と言われ、

総合病院やから、ここで診てくれたらいいのに。面倒な案件は他に回すんかい(-_-メ)

と思いながら(勝手な妄想ですよぉ(^-^;)、受診した内科で、

「急性肝炎を発症している可能性が大きいが、ホルモン治療の薬剤性肝障害かもしれないので、一時期ホルモン治療を休止できないか、主治医に聞いてほしい」

と言われました。


こっちの病院で言われたことを、あっちの病院で言って、あっちの病院で言われたことを、こっちに言ってって…、

ったく、めんどくさいな、二度手間三度手間やん。だっから、最初から同じ病院で診て欲しかったのに、ブツブツ(-_-メ)

はっきりと顔デカ先生に物申せない私も悪いんですがf^_^;


肝数値が高いだけで、ダルさとかの症状もなく(肝炎を発症していても気付かないまま沈静化する人も多いらしいです)、普通に過ごせていたので、

この間、引っ越しとかのドタバタもあり、

春頃の診察から予定通り半年後の9月か10月頃の診察の時に、

内科医に言われた上記のことを、顔デカ先生に報告しました。

そんな勝手なことをしたら困る、と言われるかなと覚悟していたんですが、

「じゃあ、そうしてみよか。」

とあっさり承諾(¨;)

この時のGOT、GPTの数値は、250~300ぐらいだったと思います。


この時あっさり先生が承諾してくれたのは、私が再発する確率は低いと先生も判断していて、数ヶ月なら薬を休止しても大丈夫と思ったんじゃないかな、と思います。
それよりも、肝炎の方が心配だったのかなと。


こうして、この日からホルモン治療を休止しました。

結局、薬を休止しても、肝数値は落ちなかったので、ウィルス性急性肝炎でした。



2009年1月初旬、ホルモン治療を休止して、2、3ヶ月後、

乳がん発覚以来、約4年ぶりに、生理が復活しました。

タスオミン単剤のみでも、生理が完全に止まっていたので、復活するなんて全く頭になく、久しぶり来たときは、

ちょうど、インフルエンザと思われる、ひどい風邪を引いている最中だったので、


「高熱ですぎて、血尿がでた。やば( ̄▽ ̄;)!!」


とマジでパニくってしまいました(^-^;




2009年3月頃、半年毎の乳腺外科の診察日、

内科の先生に薬は関係ないとお墨付きをいただき、ちょうど肝数値も落ち着いてきたので、薬の再開をお願いしました。


薬を休止した期間は、約半年、その間に生理が2回ほど来ました。





そして、

2009年夏頃から、肋間神経痛のような症状が出始め、秋に胸骨傍リンパ節がボッコリと腫れ、今に至ります。

2008年の年末から、時折、左鎖骨周辺の神経がシクシクと軽い痛みを感じていました。

痛みは時折で軽かったため、あまり気にしていなかったので、この事は先生に言っておりません。

なので、関係があるかどうかはわかりませんが、今から思えば、警告を発していたのかな、と思います。


再発がわかったとき先生に、

「しばらく治療を休んだことが関係していますか?」

と尋ねました。


先生は、

「それは関係ない。
5年前からミクロ単位の種がもうすでにあったんだと思う。」

と言っていました。




この“治療を休止”したことで、再発のきっかけを助長させてしまったかもしれませんし、時期を早めさせてしまったのかもしれません。

それは、わかりません。

ただ、どちらにしろ私の場合、“治療の休止”関係なく、いずれ再発したんだと思います。






※ちなみに、急性肝炎の治療は特にしてません。血液検査で、ウィルスが減少するのを先生とただ見守っていただけです(^-^)/~~