まだ発売されたばかりの大塚茂樹氏の新著である。サブタイトルは「私の日本共産党論」

 

 メインタイトルにある「日本左翼史」とは、一昨年から昨年にかけて、池上彰氏と佐藤優氏が対談して刊行された『日本左翼史』全3冊を指す。大塚氏の本は、タイトルからも分かるように、それを乗り越えようとする気宇壮大な意図をもって書かれたものである。

 

 いや、意図が気宇壮大だと言ってしまうと、著者には失礼だろう。内容的に言っても、『日本左翼史』は、大塚氏によって簡単に乗り越えられてしまったと断言できるからだ。あまりに面白くて、東京出張の新幹線のなかで一気に読み終えた。

 

 そもそも池上氏や佐藤氏は、大塚氏と対抗するには役不足である。いや、第3者的な冷静な観察者としての池上氏や、若い時から共産党に対抗し理論家として鍛えられた佐藤氏は、2人ならではの左翼論、共産党論を提示できる。『日本左翼史』は、いわゆる共産党・左翼をめぐるトピックを2人らしく解説したという点で、共産党100年にふさわしい著作だ。

 

 しかし、大塚氏には、2人には絶対に乗り越えられないものがある。共産党との距離と愛情の絶妙さである。

 

 大塚氏は生まれた時から共産党に囲まれ、60代半ばまでの人生を生きてきた。その囲まれた共産党というのも、普通のヒラ党員ではなく、松川事件などでも著名な中核的な活動家たちである。長じて大学では、共産党史とも重なる日本現代史を専攻し、編集者となってからも、仕事であれ個人的な関心にもとづいてであれ、共産党とかかわる人々との多くの出会いを経験してきた。そして、そのような体験から生まれた問題意識を持って、共産党を観察し、無数の関連本を渉猟し、さらに問題意識を深めてきた。

 

 本書には、そういう出会いが生みだした無数の肉声が満載されている。大塚氏自身の共産党に対する洞察もまた、実体験がもたらした肉声である。だから他の誰にもマネができる本ではないのだ。

 

 1つだけ紹介する。大塚氏は人生のどこかで、「権力を奪取するのが革命だ」という理論に疑念を抱く体験をしたのだろう。だから、志位和夫委員長が『新・綱領教室』で、その問題に別の解釈を示していることに気づき、それが共産党の革命論の転換につながることへの期待を表明している。そういう読み方は、理論に通じ、それと関わる現実の政治闘争に問題意識を持ち、共産党を醒めた目で見てはいるが、心の底では期待している人にしかできない。少なくとも私にはできない。

 

 この本では、そのようなことというか、共産党系の活動家に染みついた価値観を転換させるような言葉、見方が至るところに出てくる。いま共産党論が盛んであるが、共産党に対するスタンスがどういうものであれ、必読の書であると思う。私が推薦すると読まない人が出てくるかもしれないと心配してしまうけれども。