11月5日(土)に小池氏のパワハラがあった議員・予定候補者会議が開かれ、いつも月曜日の午前中に開かれる次の常任幹部会(7日)では、とくに問題にならなかった。それが次第に大騒ぎになって、その次の常任幹部会(14日)が小池氏の警告処分を決めたという経過になっている。

 

 こうやって時間がかかったことも問題だが、それよりも問題なことがいくつかある。一つは、常任幹部会にこのような処分を決める権限があるのかということだ。

 

 規約のどこを見ても、常任幹部会にそのような権限があるとは書かれていない。規約上はそのような権限がないのに、共産党内で実質的に全権を持っているのは、「指導機関」である「中央委員会」ではなく「常任幹部会」なので、その全権を発動したように思える。

 

 しかし、そんなことをやっていては、過去の誤りを繰り返すことにならないか。2003年に筆坂政策委員長のセクハラ事件があって、当初、常任幹部会が筆坂氏に対して「警告」処分を行ったのだが、いろいろな騒動があって、結局、中央役員に対する処分は中央委員会でしか行えないことを党中央が認めざるを得なくなり、処分のやり直しをするという「事件」があった。

 

 これは、のちに「週刊新潮」が退職した筆坂氏の「日本共産党への『弔辞』」を掲載したのに対して、党の広報部が公開した抗議文に明確に書かれていることだ(2005年9月22日)。次のようなものである(出所は「赤旗」のこのページである)。

 

 「筆坂氏の処分の事実経過は、回答文で述べているとおり、(1)常任幹部会は当初、ことが公表されたときに、被害者が受ける影響などを考慮して、常任幹部会の内部にとどめる処分(具体的には警告処分)とすることを確認した、(2)しかし、これは、常任幹部会の規律担当者の思い違いで、規約の規定によれば、党中央委員にたいする処分は、すべて中央委員会総会での決定を必要とするものであり、次の常任幹部会で中央委員罷免という処分をあらためて確認した――というものです。」

 

 現在の党中央も、筆坂問題の教訓に学んでいないのではないか。常任幹部会は党員の処分を含め何でもできる「全権」「全能」を持っていると思い込んでいるようだ。

 

 この広報部の文章では、「常任幹部会の規律担当者の思い違い」とされているが、常任幹部会員の全員が「思い違い」をしているということだ。そういうものは「思い違い」とは言えない。確信的な行為である。

 

 そうやって、常任幹部会は党の規約さえ踏みにじることができるという現実を、今回の問題は示すことになった。常任幹部会には何でも可能だと常任幹部会自身に思わ、党員もそういうものだと思ってしまう現実が「パワハラ」を生んでいるのではないだろうか。

 

 筆坂氏は当時の私の上司でしたが、「週刊新潮」の件は私も忘れていました。教えていただいた方に感謝します。(続)