昨日紹介した「台湾同胞に告げる書」も葉剣英演説も、いまから思えば特徴的なのは、「武力解放」の言葉が使われていなかったことだ。もちろん、平和的な統一がダメだったら、いざというときには武力解放の方針は持っていたし、聞かれたらそう答えていたのだが、台湾の人々に向かって直接に話しかけるような基本文書では、そういう言葉は使わなかったということだ。

 

 それが21世紀になって様変わりした。その最初のあらわれが、2005年3月14日に制定された「反分裂国家法」である。その全文を資料として掲載している。

 

 この第5条には、「平和な方式で祖国統一を実現するのが、台湾海峡両岸同胞の根本利益に最も符合する。国家は最大の誠意を以て、最大の努力を尽くし、平和統一を実現する」とある。中国がそれを願っていることを疑っているわけではない。武力で統一するようなことになれば、中国が負う傷も生半可なものでないことは、中国自身が誰よりも分かっているだろう。

 

 しかしまず、同じ5条に「 国家平和統一の後、台湾は大陸の制度とは異なる高度自治を行える」とあるけれど、その「高度な自治」がどんなものかは、香港の問題を通じて、世界にも台湾の人々にも伝わってしまった。一国二制度というのは、政治制度の自由を保障するものではないのである。

 

 そして、第8条である。こうなっている。

 

「第8条 いかなる名目、いかなる方式であれ、“台湾独立”分裂勢力による、台湾を中国から分裂させた事実、或いは、台湾を中国から分裂させようとする重大な事変の発生、或いは、平和統一の可能性の完全な喪失に対して、国家は非平和的方式及びその他必要な措置をもって、国家の主権と領土を守る。」

 

 中国が武力を使ってでもという気持になる歴史的背景は理解できるつもりだ。列強に踏みつけにされてきた過去の歴史の最後の象徴のようなものだから。

 

 しかし、だからといって、「同胞」に対して武力を行使すると堂々と宣言できる気持は、まったく理解できない。香港などの事態を目の前で体験すれば、「中国とはいっしょになりたくない」と思うのが、ふつうの人々の素直な気持ちだろう。「独立したい」と考えて当然なのだ。

 

 それに対して政府が武力行使できるとなれば、世界の秩序は大混乱である。イギリス政府はスコットランド独立運動に対して、スペイン政府はカタロニアやバスクの独立運動に対して、カナダ政府はケベックの独立運動に対して、「最後は武力で鎮圧するぞ」と言えることになってしまう。けれども、いま名前を挙げたどの政府も、そんな発言はしていない。民主主義国家なら、自国民に対して、そんなことは言えないのだ。

 

 中国が台湾独立勢力に武力を使うのを容認する人々は、もし沖縄で独立運動が盛り上がったら、武力で鎮圧することを支持するだろうか。そんなことを言える人はいないのではないだろうか。(続)