この問題での左翼の論調を見ていると、朝鮮人を佐渡金山に強制連行して過酷な労働を強いたのだから、日本政府がそれをまず認めるべきだというものである。例えば共産党の志位さんの1月29日の談話(「赤旗」30日付)も、「日本政府は、戦時の朝鮮人強制労働の事実を認めるべきである」というタイトルそのままである。

 

 戦時中の徴用などが「強制労働」にあたるかどうかは、それを主張する韓国側と否定する日本側の間で、ずっと議論になってきた。日本の共産党が年来の原則的主張を貫くのは当然のことであろう。

 

 ただ、徴用工裁判でも同じだが、立憲民主党は「強制労働」だとは認めてこなかったし、裁判の評価でも日本側の立場に立っている。今回の佐渡金山の推薦に当たっても、小川政調会長は歴史問題とは「区別」すべきだとし、城井政調会長代行は「他国からの指摘は時代がずれている」と述べている。つまり、野党共闘政権ができたところで共産党の主張は通らないし、もし通そうとすれば野党共闘から離れて、単独政権のイバラの道を進むしかないことは自覚しておかねばならない。

 

 それよりも志位談話で気になるのは、2015年に登録された明治期の産業革命遺産とかかわって、次のように述べていることである。

 

 「日本政府自身、……戦時の朝鮮人強制労働を含む『犠牲者を記憶にとどめる措置をとる』と、ユネスコ世界遺産委員会で表明している。にもかかわらず、日本政府は今もその国際約束の実行を怠って(いる)」(下線は引用者)

 

 この志位さんの言い方を見ていると、2015年のユネスコの会議で日本政府が「朝鮮人強制労働」を認めた発言をしているかのように聞こえる。しかし、日本政府はこの会議で、「強制労働」の事実を認めていない。政府が発言したのは、あくまで「その意思に反して連れて来られ」たということだ。

 

 なんだ、実質的には強制労働と認めたということではないかという人もいるかもしれない。しかし、政府のこの発言には以下のような注釈があって、朝鮮人を連れてきたことも働かしたことも合法だという論理を展開しているのである(画像)。

 

 「意思に反して連れて来られ(brought against their will)」と「働かされた(forced to work)」との点は,朝鮮半島出身者については当時,朝鮮半島に適用された国民徴用令に基づき徴用が行われ,その政策の性質上,対象者の意思に反し徴用されたこともあったという意味で用いている。」

 

 それだけではない。この発言の注釈の最後では、「今回の日本側の発言は,違法な「強制労働」があったと認めるものではないことは繰り返し述べており,その旨は韓国側にも明確に伝達している」とさえ述べている。「強制労働」という言葉を持ち出して、それを「認めるものではない」と言っているのである(下線は引用者)。

 

 それが志位談話に引用されると、「朝鮮人強制労働を含む『犠牲者を記憶にとどめる措置をとる』と、(日本政府が2015年の)ユネスコ世界遺産委員会で表明」したことになってしまっている。事実関係自体が誤りだ。

 

 しかも、2015年は安倍政権だから、安倍政権は強制労働だと認めていたのに、岸田政権はその到達から後退しているという、安倍政権を賛美しかねない意味にもなってしまう。中央の担当部署が日本政府の発言全文を志位さんに渡さなかったのか、渡したけれども志位さんが日本政府が強制労働を認めた発言だと解釈したのか、どちらか分からないが、どちらであっても重大な間違いだ。誰も注意する人がいないのか。

 

 ただ、志位さんでも間違えたように、この日本政府発言は、注釈を除く本文だけをボヤッと見ていると、なかなか聞かせる文章なのである。強制労働という言葉は使っていないが、悪いことをしたなあという感じが漂っている。 

 

 だからこそ韓国側は、それで妥協することになった。しかし、「犠牲者を記憶にとどめる措置をとる」ことが産業遺産情報センターでは担保されていないので、怒っているのである。

 

 この経過から分かるように、「強制労働」を日本政府が認めなくても、2015年の政府発言の水準が満たされれば、韓国側と折り合いがつくのである。共産党が言うように「強制労働」を日本政府が認めるまでは登録するなということになると、何十年、何百年の課題になってしまう。それだったら、野党共闘を大切にする立場から、この程度に止める選択肢もあるのではなかろうか。

 

 ということで、新たな問題意識が湧いたので、次回から、野党連立政権と共産党綱領について深めていきたい。(了)