●アメリカを主敵とする見方では中国の台湾侵攻を容認することになる

 

 他方、平和運動においてよく見られる議論は、アメリカこそがこの地域で平和を脅かす最大の元凶だというものだ。台湾有事を想定したアメリカや日本の政治的な動き、米軍や自衛隊の増強や軍事演習こそが危険だというものである。

 

 これは日本国民全体を見渡せば主流にはなっていない。とはいえ、米軍や自衛隊の基地を抱える市町村においては、演習の激化など目に見える変化があり、実際に戦争となれば自分の町が攻撃対象となることも相まって、無視できない流れを形成することになる。

 

 ただ、この議論が日本で主流となっていくには、克服すべき問題がある。それは中国に対する見方である。

 

 台湾有事というのは、あくまで中国が台湾に攻め入る事態のことである。その形態やきっかけがどういうものになるか分からないが、中国人民解放軍が海峡を越えて台湾に兵力を送ることで生じる事態なのである。それなのに、その中国による武力侵攻を不問に付したまま、その侵攻を抑えようとする米軍などを主要な批判の対象にしていては、国民多数の理解は得られないだろう。

 

 実際にそういう事態が起きたことを少しでも頭に描いて見ればいい。台湾の人々が中国軍兵士に銃撃され、逃げ惑う映像を見せられながら、その台湾の人々を救うために日本から米軍機が飛び立つのを阻止する平和運動を提起できるのかということである。一九九〇年にイラクがクウェートに攻め入って湾岸戦争へと発展したが、その最初の段階で沖縄から米軍が出動していった際(武力行使を許容した国連決議が採択される以前で集団的自衛権の行使が目的だった)、米軍や自衛隊の軍事行動には常に抗議しかしない日本共産党でさえ反対行動に訴えることはなかった。中国による台湾の武力解放は、厳密に言えば、国家による国家に対する侵略である戦争とは法的、形式的に異なるのだが、圧倒的な犠牲者を目の前にして、そんな行動は誰もとれないはずだ。それなのに、この間、中国が台湾の武力統一方針をいろいろな場で述べても抗議しない平和運動団体が、アメリカや日本の軍事対応方針が明確になると、それにだけは強く抗議しているのである。

 

 こうした平和運動が目的を達成し、中国が台湾に攻め入っても米軍、自衛隊は動かないとしよう。その結末は、台湾の人々の深刻な犠牲である。現在の平和運動では台湾有事は黙認されてしまうのである。