実は、武力解放の方針を撤回させるという課題は、七二年のニクソン訪中以降、米中国交正常化をめざすなかで、アメリカが一貫して中国に求めていたものです。しかし、一貫して中国側から拒否されてきた課題でもありました。

 

 中国にとっての台湾問題の原則は、ご存じのように三つあります。(1)世界には一つの中国しかない、(2)台湾は中国の不可分の一部である、(3)中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法政府である、というものです。

 

 アメリカは、この三つの原則に理解を示すとともに、台湾が中国によって武力で統一される余地が残らないよう、いろいろな試みをします。七二年の米中共同声明(いわゆる上海コミュニケ)で、「アメリカは、台湾海峡の両岸のすべての中国人は、中国は一つであり、台湾は中国の一部であると主張していることを認識する(acknowledge)」という表現にとどめたことも、その一つです。その直前の日中共同声明が、「(日本は中国政府の)『立場を十分理解し、尊重(understands and respects)』するとしたのも、全面的に中国の立場を承認したものではないとされますが、アメリカの立場はさらにあいまいなものでした。

 

 その後のアメリカは、中国に対して台湾を武力解放する方針を撤回するよう、強く求めることになります。それに中国が応じなかったことで、七二年に開始された米中交渉はなかなかまとまらず、国交正常化が実現するのが七八年になってしまったのです。その経緯は、佐橋亮氏の『共存の模索——アメリカと「二つの中国」の冷戦史』(勁草書房)などに詳しく書かれていますが、中国が拒否した理由は要するに、「中国は一つという原則を認めた以上、台湾問題で中国がどんな方針を持とうが内部問題であり、外国からあれこれ言われる筋合いはない」ということでした。

 

 この中国の態度を崩すことは、アメリカには難しかったと思います。アメリカはそれまでずっと、台湾だけが中国の代表であると主張し、その台湾は中国本土の武力解放を掲げてきたのですから、突然「台湾への武力行使に反対」と言っても何の道理もなく、中国に対して通用するはずもありませんでした。これが通用しないのはアメリカだけでなく、日本をはじめアメリカに同調して中国の代表権を認めてこなかった国々に共通するものです。国際政治において道理のない立場をとり続けると、こんなしっぺ返しを受けるのですね。

 

 しかし、この経過から分かるように、アメリカは(日本も)、「一つの中国」を支持し、台湾独立を支持しない態度は明確にしていますが、I東さんがおっしゃるように、「(その原則)が破られそうなときは武力にかけても阻止する」という中国の態度について、「米国や日本は、そのことを理解した上で中国と国交を結び、台湾と断交した」のではありません。アメリカや日本が「平和的な解決を希望する」というのは、武力を行使することは認めないという意思の表明です。たしかに、その程度の表現しか使えない現状のあらわれでもありますけれど。

 

 そして、この手紙の前半部分で述べたように、たとえ国内の問題であっても、平和的手段による人々の意思表示に対して武力で鎮圧することは、重大な人権侵害であって許されるものではありません。誰かが中国の武力解放の方針を撤回させなければならない。

 

 私は、その「誰か」とは、日本の平和・市民運動であると思うのです。なぜなら、日本の平和・市民運動は、戦後一貫して、中華人民共和国こそが中国の代表であると主張し、アメリカや日本の政府委の方針を鋭く批判してきたからです。さらに、この運動の一角を占める日本共産党は、現在の複雑な台湾問題の遠因でもある戦前の日本の中国侵略に対しても、強く反対してきました。だから、台湾を武力解放するという中国に対して、堂々とものを言う資格があるのです。

 

 平和運動の役割は国家の役割を超える。国家は国際政治の約束事にしばられて大事な原則を主張できなくても、平和・市民運動はその制約を乗り越え、正々堂々と正論を主張し、やがてそれを国際政治の原則に引き上げることができるし、そうしなければならない。それが私の信条でもあります。(続)