それにしても、「一国二制度」なら台湾の現状を損なわないのではないか、台湾の人々も受け入れ可能ではないか。そう考える人もいるでしょう。多少は不便さが増すかもしれないが、地域の平和のために少しガマンもしてくれということになるのかもしれません。
実は、私もかつては「一国二制度」について、二つの点でそれなりに評価する立場だったのです。一つは最初に実施された香港で、それなりに自由や人権が保障されたという現実があったことです。もう一つは、香港の返還式典を見ていて印象的だったのは、返還が正式に宣言されるのと同時に中国人民解放軍が香港に入ってきたことでしたが(それがやはり主権の発動というものでしょう)、中国は台湾に対しては軍隊を進駐させないし、台湾が独自の軍隊を保有することを認めると表明されていたことです。私にとっては「大胆だなあ」と思わせるものでした。
しかし、この二つともが、この間、完全に崩されました。香港のことは言うまでもないでしょう。台湾独自の軍隊という大胆な提起も、習近平が「『台湾同胞に告げる書』発表四〇周年記念会」における演説(2019年1月2日)で、完全に捨て去ってしまいました。
実はこの演説がされる直前まで、蔡英文の支持率はがた落ちしていて、総統選挙での敗北が確実だと言われていました。しかし、蔡英文が習近平の呼びかけを完全に拒否したことが鮮やかだったとして人気が持ち直し、選挙で完勝することになります。「一国二制度」を台湾の人々が受け入れることはないでしょう。
よく考えてみれば、そもそも「一国二制度」というのは、経済制度と社会制度は自由を認めるというものですから、政治制度は自由な選択が保障されているわけではありません。それなりの期間、香港で自由や人権が維持されてきたのは、中国政府がそれを黙認してきたからであり、自由や人権が制度上保障されているものではないということでしょう。
自由と人権が進んだ地域の人々が、それらがはるかに遅れた国の水準の制度に統合されることは、やはり国際社会が許容していいことではないと思います。いま、ふと思い出したのですが、一九八〇年代に北朝鮮が、南北の統一国家の方式として「高麗民主連邦共和国」を定昇したことがあります。その現実味は別として、それぞれの政治、経済、社会の制度を維持するかたちでの「連邦」方式を中国が提示できるなら、台湾の人々も検討するかもしれません。あるいは、中国における自由と人権の水準が台湾並みになるなら、やはり台湾の人々の選択肢に入ってくる可能性はあるでしょう。しかし、それ以外の場合、「一つの中国」の現実味はどんどん薄くなっているのが、現在の状況だと思います。(続)