(会社のメルマガへの寄稿です)

 

 分岐とか分岐点という言葉はよく使われます。今度出版される本では、それをさらに越える「大分岐」という用語を使いました。太田昌克さんの『核の大分岐──既存秩序の溶解か 新規秩序の形成か』です。

 

 核兵器が世界に最初に登場し、アメリカにより広島・長崎に原爆がされた1945年から76年間、人類は核問題の分岐点に何度も立ってきました。ソ連による核開発の成功、水爆の登場とビキニ被爆、それをきっかけとした原水爆禁止運動の開始、核不拡散条約(NPT)に始まる核保有国が核を独占する体制の開始、NPT内部での反核世論の高まりと核保有国による「廃絶の約束」とその約束の反故、オバマ米大統領の核なき世界への表明とその挫折。人類は、核の増強を企む核保有国と、核廃絶をめぐる人々の対決を軸にして、常に分岐点に立ってきたと思います。そして現在、私たちは、まさに「大分岐」とも言えるような状況にいるのではないでしょうか。

 

 現在、世界に存在する核兵器は1万3440発。1位のロシアと2位のアメリカで1万2000発を越えますが、両国は核兵器の近代化をどんどん進めています。両国の中距離核を全廃する条約は失効してしまいました。3位の中国は260発ですが、今後10年間で倍増させると見られています。北朝鮮、インド、パキスタンなども核開発と増強に進んでいます。

 

 一方、現在の世界の特徴は、NPT体制の限界を感じ取った国々の主導で、核兵器禁止条約をが締結されたことです。アメリカにおいてもも、かつての国務長官や国防長官などの中に、核廃絶を主張する人々があらわれています。

 

 まさに「大分岐」。著者の太田さんは、核問題の著作をいくつも上梓しており、この分野の権威として知られています。その太田さんが、大分岐を生みだした国際政治の現場を取材したのが本書です。NPT挫折の現場、インド・パキスタン核対立の現場、米朝交渉の現場、イラン核危機の現場、日米核同盟の現場その他です。

 

 その現場で核政策の決定を担ってきた当事者に取材しているのが本書の豊かな内容を生みだしています。米朝交渉の経緯を語るのはジョン・ボルトン元米大統領補佐官、核廃絶の希望を語るのはジョージ・シュルツ元米国務長官、NPT挫折の理由を語るのはタウス・フェルキNPT会議議長といった具合です。

 

 太田さんを駆り立てているのは、共同通信に入社し、最初に配属された広島で知り合った被爆者の方々との交流です。その熱い思いで、国際政治の現場を冷徹な手法で取材し、大分岐に立つ世界が描き出されています。本書を読むことで、核廃絶への強い意思と、そのための道筋への理論的な確信を得ることができるでしょう。