さて、この判決の最大の焦点は、国家免除あるいは主権免除と呼ばれるものにどう対応するかにあった。裁判所が外国政府を裁けるのかという問題である。そして、以下のように慰安婦問題では、この原則は適用されないと判断したわけである。

 

 「当時日本帝国により計画的、組織的に広範囲に行われた反人道的犯罪行為であって国際強行規範に違反するものあり、当時日本帝国により不法占領中であった韓半島内において我が国民である原告らに行われたものであって、この行為が国家の主権行為であったとしても国家免除を適用することはできず、例外的に大韓民国の裁判所に被告に対する裁判権があるというのが妥当である。」

 

 ここにはいくつか論ずべき問題がある。慰安婦問題が人権問題であることは論を俟たないが、それが「計画的、組織的に広範囲に行われた反人道的犯罪行為」という水準に達するほどのものだったか、それと同レベルの問題だが「国際強行規範に違反する」ものであったか、あるいは日本は韓国を「不法占領」していたのか、これも同レベルだが、慰安婦問題というのは「日本帝国」が「我が国(韓国)国民」に対して行った犯罪だったのか、等々である。

 

 それらはあとで論じるとして、まずこの裁判所の判決が正しいと仮定したとして、主権免除の原則は適用されないということになるのだろうか。75年前までに日本が韓国国民に対して反人道的犯罪行為を犯したとして、韓国の裁判所が日本政府を裁けるのかということである。

 

 初回に書いたように、これが常識だというなら、日本の原爆被爆者は、現時点でもアメリカ政府を日本の裁判所に訴えることができる。というか、よく知られているように、1955年に日本の被爆者は原爆投下は国際法違反だとして損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしたが、63年、裁判所はアメリカの国際法違反は認めたものの、訴えは却下した。その理由の一つが、まさに主権免除であり、日本の裁判所はアメリカ政府を裁けないというものだった(控訴しなかったので確定判決)。

 

 その判決からすでに半世紀以上経っているので、もうこの考え方は古くなり、いまこそ被爆者がアメリカ政府の犯罪を裁く訴えを日本の裁判所に提起すべきかという問題とも重なる。韓国の慰安婦の70%以上が2015年、日本政府からの全額税金による拠出で支援金を受け取っているが、日本の被爆者はアメリカ政府からびた一文も受け取っていないのであり、被爆者にも十分資格はあるだろうし。(続)