共産党の綱領では、共産党が基本的にめざす政権は、「民主連合政府」となっている。志位さんがインタビューで語っているように、野党連合政権というのは、それよりもはるかに達成度の低いものである。

 

 民主連合政府の基本政策は、安全保障で言えば、「日米安保条約の廃棄」と「自衛隊の段階的解消」である。これをどう捉えるべきか。

 

 安保条約については「廃棄」しかない。それ以外の選択肢はない。

 

 だが、自衛隊については、「段階的」を重視するのか、「解消」を重視するのかで、かなり幅が出て来るように思う。そこをよく考え抜く必要がある。とりわけ野党と政権協議をしようというのだから。

 

 最終的には「解消」という点で、共産党と野党は決定的に違っている。そこは歩み寄れない。

 

 しかし、それ以前の「段階」を、「専守防衛が必要な段階」と解釈すれば、かなり違ってこないか。志位さんは、この「段階」を、「本来は自衛隊は不要な段階だが、国民の意識が付いてこないので、やむなく通過する段階」みたいな捉え方をしているように思う。

 

 極端な人は(志位さんがそうだと言っているわけではない)、自衛隊があれば米軍の言いなりなので侵略もするし人民弾圧もする、みたいに捉えている。しかし、少なくとも共産党の綱領の展望では、民主連合政府とは日米安保条約は廃棄されている段階なのだから、政権についている共産党がしっかりとしていれば、自衛隊を専守防衛で運用することも可能だろう。

 

 日本には脅威がないという人もいるが、世界で毎年何十万もの人が戦争で死亡している現実があるのだから、日本だけは無縁で自衛隊は不要だと思える人は少ない。外交努力をちゃんとやっていても軍事介入を招くリスクはなくなっていない。専守防衛さえ不要だと国民が思えるようになるには、周辺国との平和な環境が何十年、何百年と続くことが不可欠だろう。

 

 そうやって、専守防衛が必要な段階があるという認識に立てば、その段階においては、共産党と野党には政策の違いはないということにならないか。この段階は、民主連合政府と異なり、日米安保も存在しているので、それをどう扱うかという問題が残るけれども、専守防衛さえ憲法違反だという基本認識で他の野党を眺めているようでは、政権をともにするだけに信頼関係は生まれないだろう。